第三十三話 御影の春
幾月かが、過ぎた。
結城式部の罪は、白日のもとにさらされた。先代藩主の弑逆、御影一族の惨殺、忠臣・佐倉の口封じ、そして侍医・宗哲の殺害。その、おびただしい罪科により、結城は家老の職を解かれ、切腹を申しつけられた。十五年、藩の頂に君臨した男の、あまりにあっけない最期だった。
藩主は、おのれの言葉どおり、すべてを明らかにした。たとえ、それがおのが治世の暗い根をさらすことに、なろうとも。そして、御影家の無実と忠節を、正式に藩中に布告した。久世もまた、濡れ衣を雪がれ、もとの清廉な名を取り戻した。
そして、鈴は。
御影家の、ただ一人の当主として遇されることに、なった。藩は、屋敷を与え、家禄を復し、傅く者までつけようとした。
けれど、鈴は、そのすべてを丁重に辞した。
「わたしには、大きなお屋敷も、たくさんの人も要りません」鈴は藩主に、そう申し上げた。「ただ、御影の力を、人を貶めるためではなく。奪われた人の声なき声を聞き、葬られた真実を照らすために。——そのために、使わせていただきたいのです」
藩主はしばし、鈴を見つめ、やがて深くうなずいた。
「……それでこそ、御影じゃ」
こうして、鈴は城下の、小さな、しかし温かな住まいを得た。久世が近くに移り住み、何くれと世話を焼いてくれる。柊も、変わらずそばにいた。御影家の、ただ一人の当主と、それを守る、ただ一人の家臣として。
春が、来た。
桜の咲く頃。鈴は、新しく築かれた御影家の墓所へ参った。
長く、無縁のまま打ち捨てられていた一族の亡骸は。藩の手で、ねんごろに改葬され、今は立派な墓石のもとに眠っている。鈴の父も、母も、名も知らぬ縁者たちも。十五年、雨ざらしだったその魂が、ようやく帰る場所を得たのだ。
鈴は、墓前に花を手向け、静かに手を合わせた。
「父さま。母さま。——御影の家は、汚名を雪ぎました。皆さまの無念は、もう晴れたのです。どうか、安らかに」
風が、桜の花びらを、墓石の上に舞い散らせる。それは、まるで長い年月を経て、ようやく零れた安堵の涙のようだった。
鈴は、隣に並ぶ、ふたつの小さな墓にも手を合わせた。
ひとつは、登世の墓。鈴を命がけで逃がし、育て、最期まで守ってくれた、たった一人の優しさ。もうひとつは、玄斎の墓。鈴に力の使い方を授け、黒沢の名を遺して逝った、老臣。
「登世婆さま。玄斎どの。——わたし、ここまで来られました。あなたがたが繋いでくれた、命で」
そして、鈴は遠い山あいの空を、仰いだ。宗哲の眠る方角。覚書を託し、炎の中で贖いを遂げた、老医師。彼の灯した火が、すべてを照らし出したのだ。
「宗哲どの。あなたの命は、無駄にはなりませんでした。御藩主さまの無念は——晴れました」
陽の光が、墓所を暖かく包んでいた。
かつて、忌み子と蔑まれ、雨に打たれていた娘は。今、亡き人々に見守られ、春の光の中に立っていた。
「縁さま」
傍らで、ともに手を合わせていた柊が、静かに言った。
「皆、きっと安心しておられます。——あなたが、こうして笑っておられるのを見て」
鈴は、柊を見て微笑んだ。
「ええ。——でも、まだひとつ。お参りせねばならない、ところがあります」
鈴の声が、わずかに改まった。柊の表情も、ふと引き締まる。
二人には、まだ向き合わねばならない場所が。そして、向き合わねばならない思いが、残っていた。




