第二十九話 法要の日
先代藩主の十五回忌は、菩提寺・天龍院にて厳かに営まれた。
藩中の重臣が参列する、大法要だ。山門には、幾重にも警固の侍が立ち並び、蟻の這い出る隙もない。むろん、その目は捕り方として、鈴の姿を捜してもいる。結城は当然、鈴がこの日を狙うと見越していた。すべては、罠の上に敷かれていた。
それでも、鈴は行くと決めた。
「正面からは、入れぬ」久世が絵図を広げ、声をひそめた。「だが、天龍院の裏手に、参詣の衆が供物を運び入れる勝手口が、ある。法要の当日は、出入りも多く、人手も足りぬ。そこに、つけ込む隙があるやもしれぬ」
鈴と柊は、巡礼の夫婦に身をやつした。深編笠を目深にかぶり、供物を抱える。久世は、別の道から、僧の伝手をたどって内へ入る手はずだった。
「よいか、縁さま」別れ際、久世は、鈴の肩に手を置いた。「法要の、半ば。藩主さまが焼香のため、本堂にお出ましになる。その一瞬が、ただ一度の好機だ。そこで、すべてを賭けるのだ」
鈴は、深くうなずいた。懐の覚書を、そっと押さえる。
天龍院の勝手口は、久世の見立て通り、雑踏に紛れていた。供物を運ぶ人の列にまぎれ込み、鈴と柊は息を殺して、内へ進む。
そのとき、鈴の指先が、すれ違ったひとりの下男の笊に触れた。
ふいに、像が流れ込む。——いや、これは。
鈴は、はっと足を止めた。下男の心に、あったもの。「妙な二人連れに気をつけよ、とお達しが……巡礼に化けた男女が来たら、すぐ知らせよ、と」
見破られている。すでに、ここの下働きにまで、結城の手は回っていた。
「柊さま」鈴は囁いた。「ここも、見張られています。普通に進めば、捕まる」
柊の目が、鋭く光った。「ならば——」
そのときだった。本堂の方から、読経の声がひときわ高く響き、人々がいっせいに頭を垂れた。藩主のお出ましだ。
好機は、今をおいてない。
「柊さま」鈴は深編笠を、かなぐり捨てた。「もう、隠れている暇はありません。——まいります。まっすぐ、藩主さまの御前へ」
「縁さま、待——」
だが、鈴はもう駆け出していた。供物の列を押しのけ、警固の隙を縫い、本堂へと走る。背後で、「曲者だ!」と叫ぶ声。捕り方が、いっせいに殺到する。柊が、その間に割って入り、追っ手を食い止める。
鈴は走った。亡き者たちの無念を、すべてその身に背負って。
本堂の大扉が、開け放たれている。
その、奥。荘厳な祭壇の前に。喪服の藩主が、座していた。そして、そのすぐ傍らに——筆頭家老・結城式部が、涼やかな顔で控えていた。
鈴は、その敷居を踏み越え、声を限りに叫んだ。
「藩主さま!御影縁、火急の訴えがございます!」
しんとした本堂に、その声が響き渡る。
藩主が驚いて、振り返る。居並ぶ重臣たちが、ざわめく。そして、結城が——ゆっくりと鈴を見た。
その、底知れぬ目が。一瞬、すうっと細められた。
老獪な家老と、十五の娘。十五年越しの真実を賭けた、最後の対決の幕が。
今、亡き藩主の霊前で、切って落とされた。




