第二十七話 償いの夜
戸の外の刺客は、五人。いや、六人。
鈴はとっさに、床に指を這わせ、気配を数えた。柊はすでに抜刀し、戸口をにらんでいる。だが、この狭い庵の中では、多勢を相手に長くは保たない。
「宗哲どの、覚書を」鈴は鋭く言った。
宗哲が、はっと我に返り、床下の油紙の包みを掴み出した。震える手で、それを鈴に押しつける。
「これに……すべて書いて、ござる」
その刹那。
戸が蹴破られた。黒い影が、なだれ込んでくる。柊の刃がひらめき、先頭の一人を斬り伏せた。だが、二人目、三人目が続く。狭い土間で、刃が激しく噛み合う。
「裏へ!」柊が叫んだ。
だが、裏口にも、影が回り込んでいた。鈴は包みを懐にねじ込み、必死に目を走らせる。逃げ道は。どこかに、逃げ道は。
むき出しの指を、土壁に当てる。問う。——この庵に、外へ抜ける隙間は。
刹那、像が結んだ。庵の、北側。朽ちた板壁の、一角。そこだけ、木が腐り、ひとがようやく抜けられるほどの崩れが、ある。
「柊さま、北の壁です!」鈴は叫んだ。「あそこなら、抜けられます!」
だが、刺客たちは、二人と宗哲を、じりじりと囲み込んでいく。柊一人で、この囲みを破り、二人を逃がす。それは、至難の業だった。
そのときだった。
「——お逃げ、なされ」
宗哲の声だった。
老医師は震える足で、囲炉裏へと歩み寄り、燃えさかる薪を両手で掴んだ。掌が焼ける。だが、宗哲は構わなかった。その顔には、もう怯えはなかった。
「宗哲どの!」
「わしは……十五年、逃げ続けた」宗哲は刺客たちを見据え、呟いた。「主君を見殺しにし、おのれ可愛さに、真実から目を背けて。——もう、たくさんじゃ」
そして、宗哲は燃える薪を、乾いた藁の山へと投げ込んだ。
炎が、一気に燃え上がった。
古い庵は瞬く間に、火に包まれていく。刺客たちがたじろぎ、後ずさる。その、生まれたわずかな隙を。
「今です、柊さま!」
柊が鈴の腕を掴み、北の壁へと駆けた。腐った板壁を、肩で打ち破る。崩れた隙間から、二人は外の闇へと転がり出た。
振り返ると。
炎の中に、宗哲が立っていた。逃げようとは、しなかった。刺客の刃が、その身に迫る。だが、老医師の顔は、不思議なほど穏やかだった。
「縁さま……どうか、御藩主さまの無念を……」
その声を、最後に。炎と煙が、すべてを覆い隠した。
「宗哲どのっ……!」
鈴が駆け戻ろうとするのを、柊が強く抱きとめた。
「なりませぬ!あの御方の覚悟を、無駄にしてはならぬ!」
柊の声に、鈴は唇を噛んだ。涙が、頬を伝う。また、一人。自分のために、真実のために、命を落とした。
「……行きましょう」鈴は絞り出した。懐の覚書を、固く抱いて。「宗哲どのの命を、無駄にはしません。必ず」
二人は燃える庵を背に、夜の山中へと駆けた。
宗哲が命を賭して灯した、その火が。十五年、闇に葬られていた真実を照らす、最初の灯火となった。
東の空が、ほのかに白みはじめていた。




