第二十三話 十五年前の死
その夜、久世の庵に戻ると、鈴は昼間の不安を、二人に打ち明けた。
「結城式部が、御影を滅ぼした黒幕……。確かに、十五年前という符合は、ある」久世は腕を組み、唸った。「だが、あの御方は、藩でも屈指の人格者として知られておる。証もなしに、口にできる相手ではない」
「久世さま」鈴は、まっすぐに久世を見た。「結城さまが頂に立たれた、十五年前。藩で、何があったのですか」
久世はしばらく、黙していた。やがて、遠い記憶をたぐるように、口を開いた。
「……あの頃、藩は、大きな節目を迎えておった」老武士の声は、低かった。「先代の御藩主さまが——今の殿の御父君が、急な病でお隠れになったのだ」
鈴の胸が、ざわついた。
「ご壮健で知られたお方だった。それが、ある夜にわかに床に伏され、わずか数日で儚くなられた。……あまりに急なことに、当時、毒ではないかとの囁きも、あったほどだ」久世は、目を伏せた。「されど、確たる証はなく。沙汰は、病死。そして、お世継ぎの今の殿が立たれ——その後ろ盾として力をふるったのが、結城式部、その人だった」
座が、しんと静まった。
すべてが、ひとつの線で結ばれていく。
「では」柊が低く言った。「結城は、先代の藩主を毒で害し、御しやすい今の殿を立てた。そうして、藩の実権を握ったというのか」
「あくまで、囁きに過ぎぬ」久世は首を振った。「だが——もし、それがまことなら」
「御影は、その真実に気づいていた」鈴が、後を継いだ。
久世が、はっと鈴を見た。
「御影は、藩の目と耳。先代の藩主さまのおそば近くに、仕えていたはず。もし、御影がその死に不審を抱き、その力で真相に近づいていたとしたら——」鈴の声が、震えた。「結城さまにとって、御影は、何としても消さねばならぬ相手だった。だから、御影を恨む黒沢を唆し、利用して、一族もろとも……」
十五年前の闇の底が。ようやく、その輪郭を現しはじめていた。
御影が滅ぼされた、まことの理由。それは、黒沢の私怨だけではなかった。その奥に、先代藩主の毒殺という、藩を揺るがす巨大な秘密が、隠されていたのだ。
「……恐ろしい、お方だ」久世が呻いた。「もし、これがまことなら、結城は主君を弑し、忠臣の一族を葬り、十五年、何食わぬ顔で藩の頂に座してきたことになる。黒沢など、比べ物にならぬ」
鈴は、こぶしを握りしめた。
「証を、立てます」鈴は言った。「黒沢のときと、同じ。先代の藩主さまのご最期に触れたものを、わたしが読めば。結城さまの罪も、必ず」
「ならぬ!」
久世の鋭い声が、飛んだ。
「相手は、黒沢とは格が違う。藩のすべてを掌握し、殿の信を一身に集める男だ。下手に動けば、そなたなど一夜のうちに、闇から闇へ消されて終わる。——黒沢を牢で、いとも容易く葬った男だぞ」
鈴は、唇を噛んだ。久世の言う通りだった。あまりに、相手が大きすぎる。
そのときだった。
表に、ひづめの音が近づいてきた。複数の、騎馬。やがて、戸口に人の気配が立つ。
柊が刀に手をかけ、身構えた。
戸の外から、慇懃な声が響いた。
「夜分に、失礼つかまつる。筆頭家老・結城式部さまの、ご使者にございます。——御影の縁さまに、結城さまより、火急のお招きがございます。これより、ご同道願いたく」
鈴と柊と久世は、顔を見合わせた。
招き、という名の。これは——。
闇の中、使者の掲げる提灯の灯が、ゆらりと揺れた。




