第99話:冬の遊園地と、妹の完全敗北
「……着いたね、湊くん!」
土曜日の朝。
抜けるような冬の青空の下、俺たちは電車に揺られて隣県にある大型遊園地へとやってきた。
「ああ。……でも、本当に二人きりでよかったのか?」
俺が隣を歩く奏羽に尋ねると、彼女はお揃いのアイボリーのマフラーに顔をうずめながら、嬉しそうに俺の腕にギュッとしがみついてきた。
「うん! だって、お母様にも認められたんだもん。翠ちゃんには『今日は絶対についてこないでね』って釘刺してきたし」
実は今朝、俺たちが家を出る時、居候の妹・翠は「えー、私もジェットコースター乗りたいのにー」と不満げにソファでゴロゴロしていた。
だが、奏羽が「今日は湊くんと『本物の恋人』としての初デートだから、絶対に邪魔しないで」と、かつての氷の生徒会長のような真剣な顔で言い放ったため、さすがの翠も「……はいはい、ごちそうさま。せいぜい楽しんでおいでよ」と白旗を揚げて送り出してくれたのだ。
「翠、絶対あとでお土産ねだってくるだろうな」
「いいよ、チュロスでも買って帰ろう。……それより、湊くん!」
奏羽は俺の腕をぐいっと引っ張り、チケットゲートの方へと走り出した。
「早く行こ! わたし、最初にあれ乗りたい!」
彼女が指差した先には、園内を半周する巨大なジェットコースターのレールがそびえ立っていた。
* * *
「……ひゃああぁぁぁっ!!」
急降下するコースターの中で、奏羽の悲鳴が風に掻き消されていく。
普段は「夜が怖い」と不眠症で怯えていた彼女だが、どうやら絶叫マシンは平気……というか、むしろ大好きな部類らしい。
「はぁ……はぁ……すごかったね、湊くん! もう一回乗ろう!」
「ま、待て……俺はもう、三半規管が限界だ……」
コースターを降りた俺は、フラフラと手すりに寄りかかった。
奏羽は全くダメージがないらしく、ケロリとした顔で俺の背中をポンポンと叩いてくる。
「えー? 湊くん、意外と絶叫系弱いの?」
「……俺は地に足がついてる方が好きなんだよ」
「そっか。じゃあ、次はあれにしよ!」
俺が休む暇もなく、奏羽は次に「お化け屋敷」を指差した。
「……お前、文化祭のお化け屋敷であんなにパニックになってたじゃないか」
「だって、あれは文化祭のトラブル続きで疲れてたからだもん。……それに、今は湊くんが隣にいるから、絶対怖くないよ」
彼女は小悪魔のように微笑み、俺の手を恋人繋ぎでしっかりと握りしめてきた。
「……また、あの時みたいに暗がりで『ご褒美』くれるのか?」
俺が意地悪く囁くと、奏羽は「ひゃぅっ」と顔を真っ赤にして俯いた。
「み、湊くんのバカ……! そういうこと、外で言わないでよ……」
「お前が誘ったんだろ」
俺たちは笑い合いながら、洋館風に作られたお化け屋敷の列に並んだ。
* * *
「……きゃっ!」
お化け屋敷の中は、文化祭の手作りクオリティとは比べ物にならないほど本格的だった。
突然飛び出してくるゾンビや、不気味な音響に、奏羽は俺の腕に全力でしがみつき、ほとんど俺の胸に顔を埋めたまま歩いていた。
「……ほら、出口見えたぞ」
「うぅ……こわかったぁ……。湊くん、心臓バクバクだよぉ……」
外の明るい光の中に出ると、奏羽は涙目で俺を見上げてきた。
「だから言っただろ、お前にはまだ早いって」
「でも……」
奏羽は周囲をちらりと確認し、他の客がいないのを見計らって、背伸びをして俺の頬にチュッと軽いキスを落とした。
「……これは、守ってくれた湊くんへのご褒美」
「……っ! お前、本当に……」
俺が顔を赤くして言葉を失っていると、奏羽は「えへへ」と悪戯っぽく笑い、再び俺の手を引いて歩き出した。
「次はメリーゴーランド! その次は観覧車ね!」
冬の遊園地。
冷たい風が吹く中、俺たちはお揃いのマフラーを巻き、手を繋ぎ、ありとあらゆるアトラクションを遊び尽くした。
親の公認を得て、誰の目も気にすることなく、ただの高校生のカップルとして過ごす、初めての完全に自由な休日。
「……湊くん、クレープ食べよ? わたし、いちごチョコがいいな」
「ああ。文化祭の時のお礼に、俺が奢ってやるよ」
夕暮れ時。
俺たちはクレープを半分こしながら、ライトアップが始まった園内のベンチに腰を下ろした。
「……ねえ、湊くん」
奏羽が、俺の肩にこてんと頭を預けてきた。
「今日、すっごく楽しかった。……今まで生きてきた中で、一番楽しい一日だった」
「俺もだよ。お前が笑ってるのを見てるだけで、俺も楽しかった」
俺が彼女の頭をポンポンと撫でると、奏羽は幸せそうに目を細め、俺の腕にさらにギュッと身を寄せてきた。
「……わたし、本当に湊くんのこと、好きになってよかった。……湊くんのおかげで、完璧じゃなくてもいいんだって思えたし、夜も怖くなくなったし……」
彼女は、俺の制服……今日は私服のコートの袖をぎゅっと握りしめた。
「……これからも、ずっと……わたしの隣にいてね?」
「ああ。俺の特等席は、誰にも譲らないって約束しただろ」
俺は彼女の細い顎に手を添え、ライトアップされたイルミネーションの下で、ゆっくりと唇を重ねた。
冬の寒さも、これまでの過酷な試練も、全てがこの甘い瞬間のためのスパイスだった。
俺たちの物語は、100日の焦れったい時間を経て、ついに誰にも邪魔されない、永遠の「公認の恋」へと辿り着いたのだった。




