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第100話:帰るべき場所と、口実のいらない夜

冬の遊園地を遊び尽くした俺たちは、すっかり冷え切った夜の空気をマフラーで防ぎながら、マンションへと帰り着いた。


「ただいまー……」


玄関のドアを開けると、中からドタドタという足音と共に、居候の妹・翠が顔を出した。


「おかえり! で、私のお土産のチュロスは?」

「はいはい、ちゃんと買ってきたよ。ほら」


俺が紙袋を渡すと、翠は「わーい!」と嬉しそうに中身を覗き込んだ後、俺と奏羽の顔をジロリと見比べた。

そして、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「……なんか、二人とも。朝出かけた時より、さらに『甘さ』が増してない? 砂糖漬けにでもされてきたの?」

「なっ、そんなことないだろ」

「えへへ……。翠ちゃん、チュロス、シナモン味とチョコ味、両方あるからね」


顔を赤くして目を逸らす俺とは対照的に、奏羽は俺の腕にギュッとしがみついたまま、とろけるような笑顔で答えた。

その堂々とした「彼女」っぷりに、翠は呆れたように肩をすくめた。


「……はいはい。完全に『本物のバカップル』になって帰ってきたってわけね。……まあ、お母様のラスボス審査もクリアしたんだし、これからは堂々とイチャイチャすればいいんじゃない?」


翠はチュロスの袋を抱えて、自分の部屋(客間)へと向かいながら、背中越しにヒラヒラと手を振った。


「今日は私、部屋で大人しく映画でも見てるから。……お兄ちゃんたちも、ゆっくり休みなよ」


妹なりの、不器用な気遣いだった。


「……翠ちゃん、本当にいい子だね」

「あいつはただ、チュロスで買収されただけだと思うぞ」


俺たちは顔を見合わせて笑い合い、リビングへと入った。


 * * *


お互いにシャワーを浴びて、遊園地の冷えと疲れを洗い流した夜の十一時。

俺が寝室で本を読んでいると、ドアがそっと開き、もこもこのルームウェアを着た奏羽が入ってきた。


「……湊くん」


彼女はトコトコと歩いてくると、迷うことなく俺のベッドに潜り込み、俺の隣にピタリと身体を寄せた。 シャンプーの甘い香りと、温かい体温が伝わってくる。


「……お疲れ、奏羽。今日ははしゃぎすぎたから、疲れただろ」

「うん。……でも、すっごく楽しかった」


奏羽は俺のパジャマの胸元を両手でぎゅっと握りしめ、俺の顔を見上げてきた。


「……ねえ、湊くん」

「ん?」


「わたしね、ずっと考えてたの。……初めて湊くんに、放課後の図書室で寝かしつけてもらった日のこと」

「ああ……。お前、あの時、限界までクマ作って倒れそうだったもんな」


俺が苦笑いすると、奏羽は「えへへ」と恥ずかしそうに頬を染めた。


「あの時は、ただ夜が怖くて、眠れなくて……湊くんの声だけが、わたしの唯一の『お薬』だったの」


奏羽は、俺の胸に顔をスリスリと擦り寄せた。


「でも、今は違う。……お母様にも認められて、期末テストも終わって、もう、夜に怯える理由は何もなくなった」

「そうだな。お前はもう、一人でもちゃんと眠れるくらい強くなった」


「……ううん」


奏羽は強く首を振り、俺の首に腕を回して、さらに深く抱きついてきた。


「不眠症は治ったかもしれないけど……わたし、もう湊くんの隣じゃないと、絶対に眠れないの」

「奏羽……」

「だからね。……これからは、『眠れないから』じゃなくて……『湊くんが好きだから』、一緒に寝てもいい……?」


潤んだ瞳で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。 「治療の口実」を捨て去り、純粋な愛情だけを求めてくる彼女の言葉に、俺の胸の奥が熱く締め付けられた。


「……当たり前だろ。俺だって、お前の寝顔がないと、もう夜が物足りないんだから」


俺は彼女の細い背中に腕を回し、力強く抱きしめ返した。

もう、「トントン」と背中を叩いてあやす必要はない。互いの心音を感じ合うだけで、十分すぎるほどの安らぎがそこにあった。


「……えへへ。湊くん、大好き」


奏羽は幸せそうに目を細め、俺の唇に、おやすみの軽いキスを落とした。

そして、俺の腕の中で完全に脱力し、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。


「……おやすみ、奏羽」


俺は彼女のサラサラな黒髪を優しく撫でながら、窓の外の冬の夜空を見つめた。

放課後の図書室で、倒れた彼女を助けたあの日。

まさかあの時は、完璧な生徒会長とこんなにも甘く、騒がしい同棲生活を送ることになるなんて、想像もしていなかった。


色々なことがあったけれど、彼女が俺の腕の中で見せるこの無防備な寝顔こそが、俺にとっての最高の「ご褒美」だ。


明日からも、きっと妹にからかわれ、零さんに絞られ、学園の注目を浴びる日々が続くのだろう。 だが、この腕の中の温もりさえあれば、どんな日常も最高に愛おしい。


俺は彼女の寝顔にそっと微笑みかけ、目を閉じた。

俺たちの甘く焦れったい関係は、今、確かな「本物の恋」として、新たな日々を刻み始めていた。


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