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第97話:女王の盾と、自滅する精密機械

「……わたしは、絶対に海外なんか行かない。……湊くんが十位に入れなかったなら、わたしが湊くんの分まで、何度でもお母様に頭を下げる。……わたしは、絶対に湊くんの隣を離れない!」


全校生徒が見守る昇降口の掲示板前。

奏羽の真っ直ぐで力強い宣言が、冬の冷たい空気を切り裂くように響き渡った。

周囲の生徒たちが息を呑み、静まり返る。


「……愚かな。親との絶対的な契約を反故にすれば、貴女が今まで築き上げてきた凪瀬家の名に泥を塗ることになりますよ」


冴木洵は、呆れたように眼鏡を押し上げ、冷酷な目で奏羽を見下ろした。


「そんな感情的なワガママで、現実の数字が覆るとでも思っているのですか? ……一点差。それが、貴方たちの限界です。さあ、見苦しい真似はこれくらいにして……」


「——見苦しいのは貴方の方ですよ、冴木さん」


冴木の言葉を遮るように、背後から氷のような声が降ってきた。

人混みをかき分けて現れたのは、生徒会副会長の一条零だった。

彼女の手には、数枚のプリントが綴じられたファイルが握られている。


「一条副会長……何の話ですか。私は事実を述べているだけですが」

冴木は少しだけ姿勢を正したが、その目には「自分の勝利は揺るがない」という自信が満ちていた。


「風森くんは十一位でした。約束の条件はクリアされていません。凪瀬会長を海外へ送るという夫人の決定に、生徒会としても異存はないはずでしょう?」


冴木が恭しく言い放つと、零さんは掲示板の順位表をゆっくりと見上げ、やがてフッと短く鼻で笑った。


「ええ、その『結果』だけを見れば、確かに風森さんは十一位です。……ですが、その結果自体が、今日この場で大きく書き換わることになりますよ」


「……書き換わる?」

俺と奏羽、そして冴木までもが同時に声を上げた。


零さんは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、持っていたファイルを冴木の胸に押し付けた。


「これは、先月学内裏掲示板に書き込まれた、凪瀬会長に対する誹謗中傷の調査報告書です。……情報処理部の協力を得てIPアドレスを解析した結果、学内の特定のパソコンから、特殊なツールを用いて書き込まれていたことが判明しました」


「なっ……!?」

冴木の顔色が変わる。


「そして、そのパソコンのログイン履歴と、書き込みが行われた時間帯の防犯カメラの映像から……主犯が特進Sクラスの生徒であることが特定されました。……冴木洵、貴方ですね?」


「……っ!」

周囲の生徒たちから「嘘だろ……」「あいつが会長を叩いてたのかよ」と、一斉にどよめきが起こった。


「……証拠など。私がそんな非論理的なことをするわけが……」

「言い逃れは無用です。すでに教師陣にも報告が上がっています。……生徒会長への悪質な名誉毀損。これによる処分は、最低でも数週間の『出席停止』となるでしょう」


零さんの言葉に、俺の頭の中で数字がパズルのように組み合わさった。

出席停止。それはつまり……。


「……学業規定により、出席停止処分を受けた期間に行われた定期試験の点数は、全て『無効』となります」


「えっ……!?」

「う、嘘だろ……!?」


俺と奏羽が顔を見合わせて絶句していると、零さんは冴木にトドメを刺すように冷酷な声で宣告した。


「つまり、総合第二位である冴木洵の記録は抹消されます。……それに伴い、十一位だった風森湊さんは、繰り上がりで『第十位』にランクインすることになります」


「……そんな馬鹿な」

冴木はギリッと奥歯を噛み締め、信じられないというように掲示板とファイルを交互に見比べた。

彼の『精密機械』としての計算が、彼自身の仕掛けた盤外戦術というエラーによって、完全に自滅した瞬間だった。


「……結果が全て、と言ったのは貴方でしょう。……さあ、見苦しい真似はこれくらいにして、生徒指導室へ向かいなさい」


零さんの冷酷な宣告に、冴木は顔を青くしたり赤くしたりしながら、チッと舌打ちをしてその場から逃げるように立ち去っていった。


嵐が去った昇降口。

残されたのは、呆然とする俺たちと、静かにファイルを閉じる零さんだけだった。


「……一条副会長」

「……風森さん。会長」

零さんが、ゆっくりと口を開いた。


「繰り上がりとはいえ、十位は十位です。……放課後、夫人にこの結果を報告しに行きますよ。……覚悟はいいですね?」


「……はい!」

「うんっ!」


俺と奏羽は顔を見合わせ、力強く頷いた。

学園のルール上は十位以内を勝ち取った。だが、凪瀬夫人がこの「繰り上がり」をどう判断するかはまだ分からない。

俺たちは、本当の「最終決戦」へ向けて、放課後の鐘が鳴るのを待った。


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