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第91話:居候の歓迎と、本気の最終決戦へ

凪瀬家本邸からの帰り道。

冬の冷たい夜風が頬を撫でるが、奏羽と密着している左腕からは、じんわりとした温もりが伝わってくる。


「……湊くん、お母様が本当に許してくれたなんて、まだちょっと信じられない」

奏羽が、お揃いのアイボリーのマフラーに口元を埋めながらポツリとこぼした。


「仮採用の延長だけどな。でも、お前のお父さんと話して、少し気が楽になったよ」

「お父様と? どんな話したの?」

「それは男同士の秘密。……でも、一つだけ言えるのは、お前のご両親も、俺たちのことを本気で応援してくれてるってことだ」


俺がそう言うと、奏羽はパァッと顔を輝かせ、俺の腕にさらにギュッとしがみついてきた。


「……えへへ、そっか。じゃあ、わたしも絶対にお母様の期待に応えなきゃね。湊くんを特進クラスの連中より上の順位に引き上げてみせる!」

「頼もしいな。でも、俺の頭がショートしない程度に手加減してくれよ」

「だーめ! 今日から期末テストまで、夜寝る直前までスパルタだからね!」


冗談交じりに言い合いながら、俺たちはマンションの玄関に辿り着いた。


「ただいまー」

俺が鍵を開けて中に入ると、リビングからパタパタという足音が聞こえてきた。


「おかえり、お兄ちゃん! 奏羽さん!」


出迎えてくれたのは、エプロン姿の妹・翠だった。

彼女の手にはおたまが握られており、リビングからはカレーのいい匂いが漂っている。


「み、翠ちゃん……? もしかして、夕飯作ってくれてたの?」

奏羽が驚いて目を丸くすると、翠は「ふふん」と得意げに胸を張った。


「当然でしょ。今日はお兄ちゃんたちが、あの氷のラスボス……ゲフンゲフン、お母様との最終決戦に挑んでたんだから。疲れ切って帰ってくると思って、私が特別に腕を振るってあげたのよ」

「お前……珍しく気の利くことするじゃないか」

「『珍しく』は余計! ほら、手洗って早く座って!」


翠に急かされるまま、俺たちはダイニングテーブルに着いた。

出されたカレーは、市販のルーを使ったものだが、ゴロゴロとした野菜と肉がたっぷり入っていて、疲れた身体に沁み渡る美味しさだった。


「……美味しい。翠ちゃん、お料理上手だね」

奏羽が幸せそうに頬張ると、翠は「でしょ?」とドヤ顔をした後、少しだけ真面目な顔になった。


「……で? 決戦の結果はどうだったの?」

「ああ。条件付きだけど、二学期の期末テストで俺が十位以内に入って、奏羽がトップを死守すれば、海外転校は白紙になる」


俺が報告すると、翠は「おぉー!」と拍手をした。


「やるじゃん、お兄ちゃん! あの凪瀬夫人からそこまで引き出すなんて、奇跡だよ!」

「まあな。でも、これからが本当の地獄だけどな。冴木って特進のトップが、本気で奏羽を潰しにきてるから」

「冴木……あぁ、あの裏掲示板で暗躍してたヤツか」


翠はスプーンを置き、俺と奏羽を交互に見つめた。


「……分かった。じゃあ、私も二人の『期末テスト大作戦』、全力でサポートするよ」

「翠ちゃんが……?」

「うん。私はお兄ちゃんみたいに頭良くないけど、家事とか夜食の準備くらいはできるし。……それに、お兄ちゃんたちがイチャイチャして勉強サボらないように、しっかり見張っておかないとね!」


翠がニヤリと悪戯っぽく笑うと、奏羽は「ひゃぅっ」と顔を真っ赤にして俯いた。


「イ、イチャイチャなんて……」

「嘘つけ。さっき玄関開けた時、お兄ちゃんの腕にベッタリくっついてたの、バッチリ見えてたからね」


「……」

俺は弁解するのを諦め、黙ってカレーを口に運んだ。


頼もしい(そして厄介な)妹のサポートを得て、俺たちのマンションは、期末テストに向けた「完全な要塞」へと姿を変えた。

夕飯後、リビングのテーブルには分厚い参考書と問題集の山が築かれ、俺と奏羽は向かい合ってペンを走らせる。


「……よし、湊くん。この公式、もう一回解き直してみて」

「ああ。……でも、ちょっと集中力が切れてきたな」


俺が首を回してため息をつくと、奏羽はスッと席を立ち、俺の隣に移動してきた。

そして、翠がキッチンで洗い物をしている隙を突いて、俺の左腕に自分の右肩をピタリと密着させてきた。


「……湊くん。あと一問解けたら、わたしから『ご褒美』あげるから。頑張って?」


耳元で囁かれる甘い声と、シャンプーの香り。

「イチャイチャしない」という誓いは、開始十分で早くも崩れ去りそうになっていた。


(……冴木、見てろよ。俺はこの甘すぎる環境で、絶対にお前を越えてみせる)


俺は、彼女の体温を最大のエネルギーに変換し、再び難問へと立ち向かっていった。

期末テストまで、あと二週間。

特進クラスの精密機械を打ち破るための、俺たちの「本気の最終決戦」が幕を開けた。


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