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第88話:全校集会と、ありのままの宣告

翌日の昼休み。

学園の体育館は、緊急の全校集会という異例の事態に、ざわめきと熱気に包まれていた。

生徒たちは「裏掲示板の噂の件だろ?」「会長が同棲を認めるのか?」と、好奇と悪意の入り混じった視線をステージに向けている。


底冷えする体育館のステージ袖で、俺は心臓が口から飛び出そうになるのを必死に堪えていた。

隣には、生徒会長の腕章をつけた奏羽が立っている。彼女の首元には、今朝俺とお揃いで巻いてきたアイボリーのマフラーが、冷気から彼女を守るようにしっかりと巻かれていた。


「……湊くん、手、冷たいよ」


奏羽が、俺の右手を両手でぎゅっと包み込むように握りしめてきた。


「そりゃ緊張もするさ。これから全校生徒の前で、俺たちの関係をどう説明するんだ?」

「……嘘はつかない。でも、全部は言わない」


奏羽は真っ直ぐにステージの中央にあるマイクスタンドを見据え、小さく深呼吸をした。

そして、俺の手を一度強く握り返し、「行ってくるね」と微笑んでから、光の当たるステージへと歩み出た。


「——おおっ……」


奏羽が姿を現した瞬間、体育館のざわめきが一段と大きくなった。

だが、彼女がマイクの前に立ち、凛とした視線を会場全体に向けた途端、その圧倒的な存在感に押されるように、生徒たちは水を打ったように静まり返った。


「皆さん、急な集会にお集まりいただき、ありがとうございます。生徒会長の凪瀬奏羽です」


彼女の声は、マイクを通して体育館の隅々にまで、透き通るように響き渡った。


「本日は、現在学内で流布している私に関する噂について、生徒会長として、そして一人の生徒として、皆さんに直接お話ししたいと思い、この場を設けました」


ステージの袖から見守る俺の手に、汗が滲む。

特進クラスの列の最前列で、腕を組みながら冷笑を浮かべている冴木洵の姿が見えた。彼にとっては、奏羽がここで何を言おうと「見苦しい弁明」にしかならず、自分の勝利を確信しているのだろう。


「裏掲示板や目安箱に寄せられた声は、全て目を通しました。……私が、ある男子生徒の家に転がり込み、不純な同棲生活を送っているという内容ですね」


奏羽は、一切の動揺を見せず、淡々と噂の内容を口にした。

会場の空気がピリッと張り詰める。


「結論から申し上げます。……私が現在、ご家族が海外に赴任中の、風森湊くんのマンションから登校していることは、事実です」


「なっ……!?」

「マジかよ……!!」


体育館中から、どよめきと悲鳴のような声が上がった。

冴木の口角が、さらに深く吊り上がるのが見えた。


だが、奏羽は動じなかった。


「しかし、皆さんが想像しているような不純な関係ではありません。……これは、私の母と、風森くん、そして私が話し合い、正式な条件の下で認められた『学習環境の共有』です」


奏羽は、少しだけトーンを落とし、言葉を区切った。


「……私はこれまで、『完璧な生徒会長』でなければならないという重圧に押し潰され、夜も眠れない日々を過ごしていました。……誰にも弱みを見せられず、一人で苦しんでいた私を救ってくれたのが、風森くんです」


彼女の告白に、どよめきがスッと引いていく。


「彼は、私が安心して眠れるように、ただ傍にいてくれました。……私の母は、最初は彼を拒絶しましたが、彼が私を支え、私と共に学年トップを争う覚悟を示したことで、この特例を認めてくれたのです」


奏羽は、真っ直ぐに冴木の方を見据えた。


「私は、もう『完璧な仮面』を被るのをやめました。……私は不器用で、彼がいないとダメな、普通の女の子です。……ですが、生徒会長としての誇りと責任は、今まで以上に強く持っています」


彼女は、マイクから一歩離れ、会場全体を見渡した。


「誰がどんな悪意を持って噂を流そうと、私は逃げません。……この学園のトップとして、そして風森くんの隣に立つ人間として、次の期末テストで必ず最高の結果を出してみせます。……それが、私からの答えです」


圧倒的な覚悟と、揺るぎない宣言。

体育館は、文字通り水を打ったような静寂に包まれた。


誰も、彼女の言葉を遮ることはできなかった。

「不純な同棲」という悪意のレッテルを、「親公認の絆と試練」という真実に塗り替え、自らの弱さすら武器にして反撃に出たのだ。


「……っ」


冴木の顔から冷笑が消え、ギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえそうなくらい、彼の表情が歪むのが見えた。

盤外戦術で精神を削るはずが、逆に彼女の覚悟を全校生徒の前で知らしめる結果となってしまったのだ。


「以上です。お時間をいただき、ありがとうございました」


奏羽が深く一礼し、ステージの袖へと戻ってくる。


「……奏羽」

「湊くん……」


俺の元へ戻ってきた彼女は、先ほどの凛とした姿から一転して、膝から崩れ落ちそうになるほど震えていた。

俺は咄嗟に彼女の身体を抱きとめ、自分の胸に顔を押し付けさせた。


「よく言った。……最高にかっこよかったぞ、俺の自慢の彼女」


俺が背中をトントンと叩きながら囁くと、奏羽は「……うぅ……っ」と小さく泣き声を漏らし、俺の制服をぎゅっと握りしめた。


「……怖かった。みんなの視線が……でも、湊くんがすぐ近くにいてくれるって思ったら、言えたの……」

「ああ。俺はいつだってお前の味方だ」


ステージの袖、誰にも見られない死角。

俺たちは互いの体温でプレッシャーを溶かし合いながら、全校集会という大一番を乗り切った安堵を噛み締めていた。


だが、休む暇はない。

放課後には、凪瀬夫人という「本当のラスボス」が本邸で待ち構えているのだから。


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