表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/100

第85話:冬の図書室と、盤外の宣戦布告

冴木洵からの宣戦布告を受けたその日の放課後。

俺と奏羽は、足早に旧校舎の図書室へと向かった。

期末テストまであと二週間。中間テストの時のように、一条副会長(零さん)の地獄のスパルタ補習が再開されるはずだ。


「失礼します……」


図書室の奥の特等席へ向かうと、そこにはすでにノートパソコンを広げ、山のような参考書を積んだ零さんが待機していた。


「遅いですよ、二人とも。……冴木からの挑戦状は、当然私の耳にも入っています。今日から期末テストまでの二週間、貴方たちの放課後は全て私が管理します」


零さんの眼鏡が、冷たい冬の陽光を反射してキラリと光った。


「風森さん。貴方は前回、まぐれとはいえ十位に食い込みました。ですが、今回の期末テストは範囲が広く、各教科の応用問題の比重が上がります。……今のままでは、良くて三十位、最悪の場合は五十位以下まで転落するでしょう」

「ご、五十位……」


俺の顔が引き攣る。

五十位になれば、凪瀬夫人との「学業最優先」という条件は間違いなく破綻し、俺と奏羽の関係は終わりを迎える。


「そして会長」

零さんの視線が、奏羽へと向けられた。


「冴木は中間テスト以降、さらに学習時間を増やし、特進クラスの連中と模擬テストの点数を競い合っています。……彼は、貴女をトップから引きずり下ろすためだけに、全ての時間を捧げている。……油断すれば、足元をすくわれますよ」


「……わかってる。わたし、絶対に負けないもん」


奏羽は、俺の制服の袖口をぎゅっと握りしめながら、力強く頷いた。

その瞳には、以前のようなプレッシャーに怯える色はなく、俺と一緒に戦うという覚悟の光が宿っていた。


「結構。……では、早速数学の過去問から始めます。制限時間は五十分です」


零さんの合図と共に、俺たちの地獄の冬期講習が幕を開けた。


 * * *


カリカリ、と右手に持ったシャーペンを走らせる音だけが静かな図書室に響く。

暖房が効いているはずなのに、問題の難易度と零さんのプレッシャーで、背中には冷たい汗が流れていた。


(……くそっ、この公式、どうやって使うんだっけ……)


俺が頭を抱えてペンを止めていると、左隣の席から、そっと温かいものが伝わってきた。

奏羽が自分の問題を解きながら、俺の左腕に自分の右肩をピタリと密着させ、ほんの少しだけ体重を預けてきたのだ。


「……っ」


俺は驚いて彼女の顔を見たが、奏羽はシャーペンを動かす視線をノートに落としたまま、「大丈夫、落ち着いて」とでも言うように、俺の腕にさらにギュッと身を寄せてきた。

その無防備な甘えと、密着した肩から伝わる彼女の規則正しい呼吸のリズム。


(……奏羽)


俺は大きく深呼吸をし、彼女の体温を力に変えて、再び問題用紙へと向き直った。

不思議なことに、焦りで真っ白になりかけていた頭の中に、先ほどまで思い出せなかった公式がスッと浮かび上がってきた。


「……はい、そこまで」


五十分後。

零さんの冷たい声で、俺たちはペンを置いた。


「採点します。……風森さん、後半の応用問題は白紙ですか」

「すみません、時間が足りなくて……」


俺が肩を落としていると、零さんは「ふむ」と小さく鼻を鳴らした。


「……ですが、前半の基礎問題と、中盤の発展問題はほぼノーミスですね。……途中、変なタイミングで深呼吸をしたかと思えば、急にペースが上がりましたが。……何か、特別な『お守り』でも発動したのですか?」


零さんの鋭い視線が、俺と奏羽の「密着したままの肩」へと向けられた。


「ひゃっ……!?」

奏羽が慌てて身体を離し、顔を真っ赤にして俯いた。


「れ、零さん……これはその、集中力を高めるための……」

「言い訳は不要です。……ですが、それで結果が出るのであれば、私は何も言いません」


零さんは呆れたようにため息をつきながらも、どこか満足げな顔で俺の答案用紙を返却してくれた。

しかし、すぐに眼鏡の奥の瞳を細め、厳しい声で釘を刺した。


「ですが、風森さん。そして会長。……本番のテスト中に、そのように身体を密着させることはできません。……互いの存在に依存しすぎるのは、一人で戦う本番での思わぬ脆さに繋がります。甘えはほどほどにしておきなさい」


「……はい。肝に銘じます」

俺が深く頷くと、奏羽も「ごめんなさい、気をつけます」と小さく肩をすくめた。


だが、そんな俺たちの反省の時間を引き裂くように、図書室の入り口から、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「……風森くんっ! 会長! 大変!」


息を切らして駆け込んできたのは、生徒会書記の逢坂(おうさか) 結衣(ゆい)だった。

彼女の顔は蒼白で、手に持ったスマホを俺たちに向けた。


「結衣ちゃん、どうしたの……?」

「さっき、学内の裏掲示板サイトに……変な書き込みがされてるの!」


「書き込み……?」


俺が嫌な予感を抱えながら結衣のスマホを覗き込むと、そこには、俺たちにとって最悪の言葉が並んでいた。


『生徒会長・凪瀬奏羽は、一般クラスの男子生徒と同棲している』

『親公認というのは嘘。親が海外にいるのをいいことに、男の家に転がり込んでいるだけ』

『生徒会長としての品格に欠ける。彼女にトップの資格はない』


「……なっ」


俺は絶句した。

事実と嘘が巧妙に混ざり合った、悪意に満ちた書き込み。

そして、この書き込みをした人物の目的は一つしかない。


「……冴木」


奏羽の精神を揺さぶり、期末テストで彼女をトップから引きずり下ろすための、冷酷な『精密機械』からの盤外戦術。

冬の図書室の空気が、一瞬にして凍りついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ