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第81話:文化祭翌朝のハプニングと、翠色の襲来者

「……んんっ」


チュンチュンという雀の鳴き声と共に、俺はゆっくりと目を開けた。

窓から差し込む秋の柔らかな朝陽が、寝室を優しく照らしている。

文化祭の振替休日である月曜日の朝。


(……腕が、痺れてる)


俺の右腕には、昨夜「ぎゅーして」と甘えてきた奏羽が、俺のパジャマの胸元をしっかりと握りしめたまま、スヤスヤと規則正しい寝息を立てていた。

一晩中、俺の腕枕と抱擁のホールドを解かなかったらしい。

彼女の無防備な寝顔は天使のように愛らしく、俺は痺れた腕の痛みなどどうでもよくなるほど、ただその横顔に見惚れていた。


「……奏羽、朝だぞ」


俺が小声で囁きながら彼女の髪を撫でると、奏羽は「んぅ……湊くん……」と寝言を漏らし、さらに俺の胸に顔をすり寄せてきた。


(……このままだと、俺が一生ベッドから出られないな)


俺は苦笑いしながら、彼女を起こさないようにそっと右腕を引き抜き、代わりにクッションを抱きつかせた。

「あ……」と小さく声を上げた奏羽だったが、すぐにクッションを俺の代わりだと認識したのか、再び深い眠りへと落ちていった。


俺はベッドを抜け出し、洗面所で顔を洗ってリビングへと向かった。

文化祭の疲れを取るためにも、少し遅めの朝食でも作ろうと冷蔵庫を開けようとした、その時だった。


「——あれ? お兄ちゃん、もう起きたの?」


リビングのソファから、不意に聞き覚えのある、少し高めの声が響いた。


「……は?」


俺の足が、ピタリと止まる。

振り返ると、そこにはソファに寝そべりながらスマホをいじっている、ショートボブの少女の姿があった。

見慣れた俺の顔立ちとどこか似通った、くりっとした大きな目。年齢は俺より二つ下、中学三年生。


「……(みどり)!?」


俺の口から、海外にいるはずの妹の名前が飛び出した。


「おはよー。いやー、昨日の夜中に着いたんだけどさ、お兄ちゃんの部屋の鍵、お母さんから預かってたスペアキーで勝手に入っちゃった。……って、なんでそんなに驚いてんの?」


翠はあくびをしながら身を起こし、俺をジロリと見上げた。


「なんでってお前……両親と一緒に海外赴任してたんじゃ……」

「うん、そうなんだけど。私、日本で高校受験したいから、一時帰国してきたんだよねー。お母さんたちには内緒で」

「内緒でって……お前な!」


俺が頭を抱えていると、翠はソファから立ち上がり、キッチンの方へと歩いてきた。


「それよりお兄ちゃん、お腹すいた。朝ごはん、ホットケーキがいいなー。……昔みたいに、お兄ちゃん特製のやつ」

「……お前、相変わらずマイペースだな。わかったよ、今作るから」


俺は深いため息をつきながら、冷蔵庫から卵と牛乳を取り出した。


「あ、そうだ。翠、お前、昨日の夜中に来たってことは……俺の寝室、開けなかったよな?」


俺が恐る恐る尋ねると、翠はホットケーキミックスの箱を棚から出しながら、ニヤリと悪戯っぽく笑った。


「え? 開けたよ? お兄ちゃんに『ただいま』って言おうと思って」


「……っ!!」


俺の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。


「……でも、お兄ちゃん、なんか……すごく大きな『ウサギのぬいぐるみ』抱きしめて寝てたからさ。邪魔しちゃ悪いと思って、そのままリビングで寝たんだよねー」


翠は「お兄ちゃんも寂しかったんだねー」とクスクス笑っている。

ウサギのぬいぐるみ。

それはおそらく、俺の腕の中で丸まっていた奏羽のことだろう。間接照明の薄暗さと、彼女が布団に潜り込んでいたせいで、翠にはそう見えたらしい。


「そ、そうか! ぬいぐるみだ! あれは俺の安眠グッズで……!」

「ふーん? まあいいけど。……ほら、早くホットケーキ焼いてよ」


俺は冷や汗を拭いながら、急いでフライパンを温め始めた。


(……とりあえず、バレてはない。……だが、この後どうする!?)


俺のマンションに、突然押しかけてきた妹・翠。

そして、俺の寝室で爆睡している、学園のアイドルにして俺の彼女・奏羽。

この二人が鉢合わせたら、一体どんな大惨事が起きるのか。


俺がフライパンの上で生地をひっくり返しながら、必死に言い訳を考えていた、その時だった。


「——ふぁあ……湊くん、どこ……?」


リビングのドアが、ゆっくりと開いた。


そこに立っていたのは、目をこすりながら、俺の少し大きめのパーカーを羽織っただけの無防備なルームウェア姿の奏羽だった。

甘い香りを漂わせ、寝ぼけ眼でフラフラと俺の元へ歩いてくる。


「……湊くん、朝からホットケーキ? わたしも、お手伝い……」


奏羽は俺の背中にぴとりとくっつき、俺の腰に腕を回してきた。

完全に「同棲中の甘えん坊彼女」のテンションだ。


「……」


キッチンが、静まり返った。

俺はフライパンを持ったまま硬直し、背中の奏羽はまだ状況を理解していない。


そして。


「……えっと」


俺の目の前で、ホットケーキを待っていた翠が、目を真ん丸に見開いて、俺と奏羽を交互に指差した。


「……お兄ちゃん。……その『ウサギのぬいぐるみ』、随分と人間味があって、しかも超絶美人なんだけど」


翠の瞳が、キラリと危険な光を放った。


「……これ、お母さんに報告したら、私のお小遣い、いくらアップするかな?」


「み、翠ぃぃぃっ! 待て、違うんだ! これは……っ!」


俺の悲鳴と、ようやく翠の存在に気づいて「ひゃっ!?」と顔を真っ赤にする奏羽の声が、秋の朝のリビングに響き渡った。

文化祭明けの平穏な休日は、妹の突然の襲来によって、大波乱の幕開けを迎えていた。


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