第79話:祭りの後と、お姫様のベッドへの誘い
文化祭の全日程が終了し、熱狂の星夜祭が幕を閉じた。
花火の下で「来年も一緒に見よう」と約束を交わした俺たちは、他の生徒たちと一緒にゾロゾロと校門へ向かって歩いていた。
「……湊くん、手、離さないでね」
奏羽は周囲の目も気にせず、俺の制服の袖口ではなく、今日はしっかりと俺の右手と指を絡ませて歩いている。
生徒会長としての重責から解放された彼女は、疲れ切っているはずなのに、どこかフワフワとした夢見心地のような表情を浮かべていた。
「ああ。……でも、零さんにバレたらまた怒られるぞ?」
「いいもん。零も『今日はもう業務終了です』って言ってたから。……それに、わたし、今すごく幸せだから」
彼女が嬉しそうに俺の肩に頭を預けてくるので、俺も自然と口角が上がってしまった。
文化祭という大イベントを乗り越え、俺たちの絆は間違いなく一段階深まっていた。
* * *
マンションに帰宅し、玄関のドアを閉めた瞬間。
「……ふぅ、疲れたぁ……」
奏羽は鞄を床に放り出し、靴を脱ぐなり俺の背中にドサリと寄りかかってきた。
「お疲れ、奏羽。そのまま寝たら風邪引くぞ、先にシャワー浴びてこい」
「はーい……。湊くん、一緒に入る?」
「入らない! 早く行け!」
俺が顔を真っ赤にしてツッコミを入れると、奏羽は「ちぇー」と唇を尖らせながらも、タオルを持って脱衣所へと向かっていった。
凪瀬夫人公認の同棲生活とはいえ、文化祭のテンションを引きずっている彼女のガードの緩さは、俺の理性を激しく削り取ってくる。
数十分後。
シャワーを終え、ふんわりと甘い香りを漂わせた奏羽がリビングに戻ってきた。
彼女が着ているのは、俺の少し大きめのパーカーをパジャマ代わりに羽織った、無防備すぎるルームウェア姿だ。
「……お待たせ、湊くん」
奏羽は濡れた髪をタオルで拭きながら、俺が座っているソファの隣——というより、俺の膝の上にコテンと頭を預けてきた。
「お前、本当に最近甘えん坊になったな。……ドライヤー貸せ」
「えへへ……湊くんがやってくれるの?」
俺がコンセントを繋ぎ、温風で彼女の髪を乾かしてやると、奏羽は気持ちよさそうに目を細め、俺の太ももに顔をすりすりと擦り寄せた。
「……湊くんの指、気持ちいい……」
「よし、乾いたぞ」
ドライヤーのスイッチを切ると、奏羽はくるりと振り返り、俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
その瞳は、文化祭の喧騒の中で見せた「生徒会長」の凛としたものではなく、俺にだけ見せる、トロンと潤んだ女の子のものだった。
「……ねえ、湊くん」
「ん?」
奏羽は、少しだけ顔を赤く染め、俺のパジャマの胸元をぎゅっと握りしめた。
「あのね。お化け屋敷の死角とか、花火の下とか……すごくドキドキして楽しかったけど。……やっぱり、二人きりのこの部屋が、一番好き」
「そうだな。俺もだよ」
俺が微笑むと、奏羽はさらに俺に身体を密着させ、耳元で熱い吐息をこぼした。
「……だからね。今日は、ベッドで……もっと、湊くんに甘やかしてほしいな」
「ごふっ!?」
俺は思わず変な声を出してむせてしまった。
膝枕からの、ベッドへの誘い。
それは、健康な男子高校生にとって、あまりにも破壊力が高すぎる。
「お、おい奏羽! それはどういう意味で……っ」
「……そのままの意味だよ? 湊くんが、お兄ちゃんみたいに『よしよし』してくれて、一緒に寝てくれるの……すっごく安心するから」
彼女は小悪魔のように微笑み、俺の首に腕を回してきた。
俺の部屋での同棲生活。それは、彼女にとって「安全地帯」であると同時に、俺に対する「甘えの限界突破」を許す場所でもあった。
「……わかったよ。でも、俺は客間のベッドで……」
「やだ。湊くんの匂いがする、湊くんのベッドがいい」
奏羽は俺の腕を引っ張り、俺の寝室(今は俺が使い、彼女には客間を譲っているはずの部屋)へと有無を言わさず連行しようとする。
祭りの後の静寂。
俺たちの日常は、甘すぎるハプニングと理性の消耗戦を繰り返しながら、さらに深く、かけがえのないものへと変わっていく。
俺は顔から火が出るかと思いながら、彼女に手を引かれるまま、心臓の早鐘を抑えきれずに寝室のドアをくぐるのだった。




