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第78話:約束の特等席と、二人の花火

「……もう、大丈夫か?」


俺が優しく背中をトントンと叩くのをやめると、奏羽は俺の胸に顔を埋めたまま、小さくこくりと頷いた。

泣き腫らした瞳はまだ少し赤いが、先ほどまでの過呼吸のようなパニックは完全に治まっている。


「……ごめんね、湊くん。わたし、また迷惑かけちゃって……」

「迷惑じゃないって言ってるだろ。お前が俺を頼ってくれるのが、俺は一番嬉しいんだから」


俺が彼女の頭を撫でると、奏羽は「えへへ……」と照れくさそうに笑い、俺の制服の裾をぎゅっと握りしめた。


「湊くんの『よしよし』、すっごく反則だよ。……お兄ちゃんみたいで、安心しちゃった」

「お兄ちゃんって……まぁ、昔妹をあやしてた時のクセが出ただけだけどな」

「じゃあ、わたしが湊くんの妹になってもいい?」


上目遣いで冗談めかして言ってくる奏羽に、俺は苦笑いしながら彼女のおでこを軽く小突いた。


「妹じゃなくて、彼女だろ。……ほら、立てるか? 零さんがカンカンになって探してるはずだぞ」

「あっ……!」


奏羽はハッとして立ち上がり、自分の乱れた制服の襟元を慌てて直した。

生徒会長として、後夜祭の最後を締めくくる「花火の点火スイッチ」を押すという重要な任務が残っているのだ。


「行こう、奏羽。まだ間に合うはずだ」

「うんっ!」


俺たちは手を繋ぎ、暗い旧校舎の階段を駆け下りた。

外に出ると、ちょうど軽音部のライブと有志のダンスパフォーマンスが終わり、校庭の熱気は最高潮に達していた。


「——さあ、皆の者! 文化祭もいよいよクライマックスだ! 生徒会長、準備はいいか!?」


ステージ上の司会が叫ぶと、全校生徒の視線が一斉に本部テントの横に設置された巨大な点火スイッチへと向けられた。


「……っ、急がなきゃ!」

「待て、奏羽」


俺は走り出そうとする彼女の手を引き留め、自分のハンカチで彼女の目元をそっと拭った。


「泣き跡が残ってたら、完璧な生徒会長の顔に傷がつくぞ」

「……湊くん……っ」


奏羽は顔を真っ赤にして、俺の手に自分の手を重ねた。


「……ありがとう。行ってくるね」

「ああ。一番後ろの特等席で見てるから」


彼女は俺に最高の笑顔を向けると、本部テントの方へと小走りで向かっていった。

待機していた零さんが、安堵と少しの怒りが入り混じった顔で彼女を迎え入れているのが見えた。


俺は人混みを避け、校庭の隅——グラウンドのフェンス際にある、大きな木の下へと移動した。

陸が言っていた「カップルがこっそり手繋ぐ定番の場所」だが、今は誰もいなかった。


「——それでは、カウントダウン、開始!!」


ステージからの掛け声に合わせ、全校生徒が夜空に向かって声を張り上げる。


「五! 四! 三! 二! 一……点火!!」


奏羽が、ステージ脇で両手を使って大きなスイッチを押し込んだ。


ヒュルルルル……!


ドドォォォンッ!!


夜空に、巨大な大輪の花が咲き誇った。

赤、青、緑、黄金色。色鮮やかな光が、学園を昼間のように照らし出す。

歓声が上がり、生徒たちは次々と打ち上がる花火に夢中になっていた。


俺も、木の下から夜空を見上げていた。

(……綺麗だな。でも、奏羽と一緒に見たかったな)

少しだけ寂しさを感じながら、本部テントの方を探したが、暗くて彼女の姿は見えなかった。


——その時だった。


「……湊くん!」


背後から、息を切らした声が聞こえた。

振り返ると、そこには生徒会の腕章をつけたまま、俺の元へ全力で走ってくる奏羽の姿があった。


「奏羽!? お前、点火スイッチ押したばっかりじゃ……」

「零がね、『あとは私に任せて、行きなさい』って背中押してくれたの!」


奏羽は俺の胸に勢いよく飛び込み、そのまま俺の首に腕を回してきた。

花火の爆音が響く中、俺たちは木の下の暗がりで、強く抱きしめ合った。


「……一緒に、見たかったから。湊くんと」

「……お前、本当に無茶するな」


俺が彼女の腰を抱き寄せると、奏羽は「えへへ」と幸せそうに笑い、俺の顔を見上げた。


ドドォォォンッ!


再び夜空が明るく照らされ、彼女の潤んだ瞳がキラキラと輝いた。


「ねえ、湊くん」

「ん?」

「……お兄ちゃんの『よしよし』も嬉しかったけど。……今は、彼氏の『ご褒美』がほしいな」


花火の音にかき消されそうな、小さな声。

だが、その熱ははっきりと伝わってきた。


俺は彼女の顎に手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。

夜空に咲く花火の光と音のシャワーの中で、俺たちの影が一つに溶け合う。

恐怖も、プレッシャーも、もう何もない。

ただ、互いの存在だけが、この世界で一番確かなものとして、そこにあった。


「……大好きだよ、湊くん」


唇を離した奏羽が、俺の耳元で囁く。


「俺もだ、奏羽。……来年も、再来年も、ずっと一緒に見よう」


俺たちは再び手を繋ぎ、肩を寄せ合いながら、夜空を彩る最後の大輪の花火を見上げた。

嵐のように過ぎ去った文化祭。

俺たちの関係は、この夜空に打ち上がった花火のように、誰の目にも隠しきれないほど、鮮やかに、そして美しく咲き誇っていた。


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