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第77話:後夜祭の開幕と、お兄ちゃんスキル発動

「——さあ、お待たせしました! 文化祭のフィナーレ、後夜祭のスタートです! まずは軽音部のライブから盛り上がっていきましょう!!」


文化祭二日目。

全ての出し物が終了し、辺りがすっかり暗くなった頃。

校庭に設置された特設ステージの周りには、全校生徒が集まり、後夜祭の始まりを告げる歓声が爆発していた。


「いやー、疲れたな! でも俺たちのお化け屋敷、今日も大盛況だったぜ!」


クラスの集まりの中で、陸が達成感に満ちた顔で汗を拭っている。

裏方として駆け回っていた俺も、さすがに足腰にきているが、心地よい疲労感だった。


「ああ、お疲れ。……ところで、後夜祭のプログラムって何だっけ?」

「お前、プログラムも見てないのかよ。軽音部のライブからの、有志のダンスパフォーマンス、そして大トリの『打ち上げ花火』だろ!」


陸がニヤニヤしながら俺の肩を小突く。


「花火が上がる時、グラウンドの隅っこでカップルがこっそり手繋ぐのが定番なんだぜ。……湊、お前はもちろん『あの人』と見るんだろ?」

「……まぁ、そのつもりだけど」


俺は校庭の端にある、生徒会役員たちが慌ただしく出入りしている本部テントの方へ視線を向けた。

昨日の夜、体育館で俺に甘えて少し休んだとはいえ、今日の奏羽は朝からずっとトラブル対応で走り回っていた。

生徒会長として、最後まで気を抜けないはずだ。


(……合間を縫って、一緒に見られるといいんだが)


俺がそんなことを考えていると、ズンッ! と腹の底に響く重低音と、大歓声が上がった。

軽音部のライブが始まったのだ。


だが、その熱気の中で、俺のスマホが短く震えた。

画面を見ると、一条副会長(零)からのメッセージだった。


『風森さん。至急、本部テント裏まで来てください。誰にも見られないように』


文面から漂う緊迫感。俺は「ちょっとトイレ」と陸に言い残し、人混みを縫って足早に本部テントの裏手へと向かった。


 * * *


テントの裏には、腕組みをして眉間を揉みほぐしている零さんの姿があった。


「零さん、どうしたんですか?」

「……風森さん。単刀直入に言います。会長が、いなくなりました」

「……は?」


俺は耳を疑った。


「五分前までは、花火の点火スイッチの段取りを確認していました。……ですが、ふと目を離した隙に姿が消え、スマホも繋がりません」


零さんの表情は硬い。生徒会長が行方不明になるなど、前代未聞の事態だ。


「……何か心当たりは?」

「……あります」


俺の脳裏に、昨日の夜、体育館で過呼吸になりかけていた彼女の姿がフラッシュバックした。

文化祭という非日常の熱気。数日前からの寝不足。そして、今鳴り響いているライブの爆音。

不眠症で音や人の気配に過敏になっていた彼女が、このキャパオーバーの状況に耐えきれなくなったのだとしたら。


「……旧校舎です。あそこなら今は誰もいないし、音も一番遮断される」

「行きなさい。進行は私がなんとかします。……花火の点火までには、必ず連れ戻してくださいね」


零さんの言葉に頷き、俺は本部テントを飛び出した。ライブの爆音が鳴り響く校庭から、静まり返った旧校舎へと全力で走り出す。


 * * *


夜の旧校舎は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

各教室を覗いて回るが、真っ暗で人の気配はない。


「……奏羽!」


スマホのライトを頼りに二階へと上がり、かつて俺たちが秘密の抜け駆けデートでお弁当を食べた、あの階段の踊り場へと向かう。


「……っ」


そこにいたのは、階段の隅で膝を抱えてうずくまり、両手で耳をきつく塞いでいる奏羽の姿だった。

外のライブの重低音が壁を震わせるたびに、彼女の身体がビクッと小さく跳ねている。


「……奏羽!」


俺はスマホを放り出し、彼女の元へ駆け寄った。


「……湊、くん……」


顔を上げた彼女は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

完璧な生徒会長の面影はどこにもない。パニックに陥り、呼吸が浅くなっている。


「ごめん、遅くなった。もう大丈夫だ」

「……こわい、湊くん……おとが、おっきくて……息が、できないの……っ」


奏羽は俺の制服にすがりつき、震える声で泣きじゃくった。

俺は彼女を強く抱きしめ、背中を撫でようとしたが、今の彼女は朗読の「声」を聞き取る余裕すらないほど混乱している。


(……どうする。朗読じゃダメだ。もっと直接的に、安心させないと……!)


俺の脳裏に、ふと昔の記憶がよぎった。

まだ幼かった妹が、雷に怯えて泣きじゃくっていた夜。

あの時、俺が妹を落ち着かせるためにやっていた、ある「魔法」。


俺は躊躇いを捨て、奏羽の身体を抱き上げたまま、階段の段差に腰を下ろした。

そして、彼女を自分の膝の上に座らせるようにして、正面からすっぽりと抱きしめた。


「ひゃっ……湊、くん……?」

「しーっ。いいから、俺に寄りかかってろ」


俺は彼女の後頭部に手を添え、俺の肩口に顔を押し付けるように誘導した。

そして、もう片方の手で、彼女の背中を「トントン、トントン」と、心臓の鼓動よりも少し遅い、一定のリズムで優しく叩き始めた。


「……よしよし、奏羽。怖かったな。頑張ったな」


妹をあやす時と同じように、ひたすらに甘く、優しい声で語りかける。


「お前はえらいよ。今日まで、ずっと生徒会長として完璧にやってきた。……誰も見てないから、今は俺の腕の中で、思いっきり泣いていいぞ」

「……っ、うぅ……っ」


「よしよし。いい子だ。俺がずっとついてるからな」


背中を一定のリズムで叩く振動と、耳元で囁かれる完全肯定の甘やかし。

これは「1/fゆらぎの朗読」よりも、さらに原始的で、ダイレクトに本能へ訴えかける「お兄ちゃんスキル」の極致だ。


「……湊くん……っ、湊くん……っ」


奏羽は俺の首に腕を回し、俺の肩に顔をぐりぐりと押し付けながら、堰を切ったように泣き出した。

外の爆音はまだ聞こえているはずだが、彼女の震えは、俺の「トントン」というリズムに同調するように、少しずつ、確実に治まっていった。


「……よしよし。もう怖くないぞ」


俺は彼女の涙が枯れるまで、狭い踊り場で彼女を抱きしめ、子供のように甘やかし続けた。

生徒会長という重すぎる鎧を脱ぎ捨てて、ただの泣き虫な女の子に戻った彼女。

そんな彼女を丸ごと受け止めることが、俺にとって何よりの誇りだった。


やがて、奏羽の呼吸が落ち着き、俺の腕の中で小さくすんすんと鼻をすする音だけが聞こえるようになった。

後夜祭のクライマックス——打ち上げ花火の時間は、もうすぐそこまで迫っていた。


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