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第74話:文化祭の開幕と、お姫様の手繋ぎパトロール

「——それでは、只今より、本年度の『文化祭』を開幕します!」


秋晴れの青空の下、土曜日の朝。

校庭に設置された特設ステージから、生徒会長である凪瀬奏羽の凛とした開会宣言が響き渡った。

全校生徒と、早くから詰めかけた一般客からの割れんばかりの拍手と歓声。


「おおーっ、会長かっこいい!」

「やっぱ凪瀬の生スピーチ、毎年鳥肌立つわ……」


クラスの連中が盛り上がる中、俺は少し離れた場所から、ステージ上の彼女を見つめていた。

数ヶ月前、一条副会長(零)から『完璧なスピーチ』を条件に課され、控室で震えていた彼女の姿はもうない。

堂々と、自信に満ちた笑顔で全校生徒を束ねるその姿は、俺の誇りであり、自慢の彼女だった。


「……湊、ニヤけてるぞ。完全に『俺の彼女すげぇだろ』って顔してんな」

隣にいた陸が、肘で小突いてきた。


「うるさい。……それより、お化け屋敷のシフト、俺は午後からだったよな?」

「おう。午前中は俺が脅かし役で入るから、お前は自由行動だ。……せっかくの文化祭なんだし、会長とデートしてこいよ」

「デートって……あいつは生徒会長だぞ。開会式が終わっても、見回りとかトラブル対応で休む暇もないはずだ」


俺が苦笑いしながら答えると、陸は「まぁ、あの過保護な副会長様が許してくれるかどうかが一番の問題だけどな」と肩をすくめた。


 * * *


開会式が終わり、各クラスや部活の出し物が一斉にスタートした。

校舎内は、美味しそうな屋台の匂いと、呼び込みの声、そして色とりどりの装飾で、完全なお祭り騒ぎとなっている。


俺は一人で校舎内をぶらつきながら、美術部の展示や、軽音部のゲリラライブを眺めていた。

(……やっぱり、奏羽は忙しそうだな)


スマホを取り出してみるが、彼女からのメッセージはない。

生徒会本部がある部屋を遠巻きに見ると、零さんや結衣、津々屋たちがトランシーバー片手に慌ただしく出入りしているのが見えた。


「……仕方ない、一人で焼きそばでも食うか」


俺が屋台の並ぶ中庭へ向かおうとした、その時だった。


「——湊くんっ!」


背後から、聞き慣れた、少し弾んだ声が聞こえた。

振り返ると、そこには生徒会の腕章をつけたまま、小走りでこちらに向かってくる奏羽の姿があった。


「奏羽!? お前、生徒会の仕事は……」

「今、休憩時間もらったの! 零さんが『一時間だけ自由にしていい』って!」


奏羽は俺の前に立ち止まると、息を弾ませながら、パァッと花が綻ぶような笑顔を見せた。

そして、周囲に一般客や他校の生徒がたくさんいるにもかかわらず、当然のように俺の右手に自分の指を絡ませてきた。

恋人繋ぎだ。


「……おい奏羽、腕章つけたまま手を繋いだら、目立ちすぎるぞ」

俺が慌てて小声で注意すると、奏羽は「えへへ」と悪戯っぽく笑い、俺の腕にギュッと身を寄せてきた。


「いいの。今日は特別だもん。……それに、わたしが湊くんの彼女だってこと、他校の人にもちゃんとアピールしておかないと」


彼女の独占欲全開の言葉に、俺は顔から火が出るかと思った。


「……お前、本当に最近ガード緩いな」

「湊くん限定だもん。……さあ、行こ! わたし、あそこのクレープ食べたいな!」


奏羽は俺の手を引いて、屋台の列へと歩き出した。

すれ違う生徒たちが「えっ、あれ生徒会長!?」「隣の彼氏、めっちゃ手繋がれてるじゃん……」とヒソヒソ話しているが、彼女は全く気にする素振りを見せない。


「……いらっしゃいませー! あ、会長! と風森くん!」


クレープ屋台を出していたのは、書記の逢坂(おうさか) 結衣(ゆい)のクラスだった。

結衣はエプロン姿で鉄板の前に立ち、俺たちの繋がれた手を見てニヤリと笑った。


「会長、抜け駆けデート楽しんでるねぇ。零さんに内緒で、こっそりおまけしとくよ」

「ありがとう、逢坂さん! いちごチョコクリーム、二つお願い!」


奏羽が嬉しそうに注文すると、結衣は手際よくクレープを作りながら、俺に小声で話しかけてきた。


「風森くん、会長のこと頼むね。朝からずっとトラブル対応で走り回ってたから、相当疲れてるはずだよ」

「ああ、わかってる。……でも、元気そうだけどな」

「それは風森くんと一緒にいるからだよ。……ほら、出来上がり」


結衣から受け取った二つのクレープを持ち、俺たちは中庭のベンチに腰を下ろした。


「……美味しい! 甘くて、疲れが吹き飛ぶ!」

奏羽は頬張るたびに目を細め、幸せそうに足をパタパタさせている。

その姿は、「完璧な生徒会長」ではなく、文化祭を全力で楽しむ普通の女の子だった。


「……奏羽、口の端にクリームついてるぞ」

「えっ? どこどこ?」

「ここ」


俺は自分の指で、彼女の唇の端についたクリームをそっと拭い取った。

その瞬間、奏羽の動きがピタリと止まり、顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「……み、湊くん……っ」

「ん? どうした?」

「……今の、すごくドキッとした。……なんか、彼氏みたい」


「いや、彼氏だろ」

俺が呆れてツッコミを入れると、奏羽は「そうだけどぉ……」とモジモジしながら、再び俺の腕にギュッとしがみついてきた。


「……ねえ、湊くん。クレープ食べ終わったら、次はどこ行く? わたし、湊くんとお化け屋敷の続き、入りたいな」


上目遣いで、とびきり甘いおねだり。

生徒会室でこっそり約束した、「秘密の抜け駆けデート」。

一時間の限られた休憩時間。

俺たちの文化祭デートは、周囲の嫉妬の視線を浴びながら、さらに甘さを増していくのだった。


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