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第72話:放課後の大道具作りと、お姫様の差し入れ

「よし、ここの木枠はこれで完成だ。湊、次のベニヤ板押さえててくれ」

「おう。……陸、釘の打ち方雑になってるぞ。ちゃんと真っ直ぐ打てよ」


放課後の旧校舎、空き教室。

俺たち大道具・美術班は、文化祭のお化け屋敷で使う壁や小道具の制作に追われていた。

床には木屑が散乱し、ペンキの匂いが充満している。


「あー、疲れた! なんで俺たち裏方なのにこんなにハードなんだよ!」

「文句言うな。お前が『お化け役やりたいから、準備も裏方で入る』って言い出したんだろ」


陸が床にへたり込んで愚痴をこぼすのを、俺は苦笑いしながら窘めた。

文化祭まであと一週間。各クラスの準備は佳境に入っており、校内のどこを歩いても活気と熱気に満ちている。


「……ねえねえ、風森くん」


作業をしていると、同じ美術班の女子生徒が、ニヤニヤしながら俺の背中を突いた。


「ん? どうした?」

「外、外。お姫様が迎えに来てるよ」


「……え?」


言われて廊下の方を見ると、空き教室のドアの隙間から、ひょっこりと顔を覗かせている人物がいた。


「……湊くん、お疲れ様」


両手にビニール袋を抱え、少し遠慮がちに微笑んでいるのは、もちろん奏羽だった。


「おおっ! 会長からの差し入れキター!」

「マジか! 風森、お前ホントに前世でどんな徳を積んだんだよ!」


陸や他の男子たちが歓声を上げ、女子たちも「会長、可愛い〜」と色めき立つ。

奏羽は少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながら、俺の元へと歩み寄ってきた。


「生徒会の仕事、終わったのか?」

「うん。零が『キリのいいところまで終わったから、少し休憩しなさい』って言ってくれたの」

「そっか。わざわざ差し入れまで、ありがとうな」


俺がビニール袋を受け取ると、中にはよく冷えたスポーツドリンクと、個包装のクッキーがたくさん入っていた。


「……湊くん、喉渇いてるかなって思って。……あ、でも、手が汚れちゃってるね」


奏羽は、俺のペンキと木屑で汚れた手を見て、少しだけ困ったように眉を下げた。


「ああ、ごめん。すぐ洗ってくるよ」

「ううん、待って」


俺が立ち上がろうとしたその時、奏羽は袋からスポーツドリンクを一本取り出し、キュッとキャップを開けた。


「はい。……あーん」


「……はっ!?」


奏羽は、開けたペットボトルを俺の口元へと差し出してきたのだ。

クラスメイトたちが数十人いる、この教室のど真ん中で。


「……ちょ、奏羽! ここは学校で、みんな見てるし……!」

「だって、湊くんの手、汚れてるもん。……ほら、早く飲んで? 冷たいよ?」


上目遣いで、コテンと首を傾げる孤高の生徒会長。

その小悪魔的な破壊力に、周囲の男子たちから「風森、爆発しろ」「いや、もう死んでるだろ」という怨嗟の声が聞こえてくる。


「……い、いただきます……」


俺は顔から火が出るかと思いながら、彼女の手から直接スポーツドリンクを飲んだ。

冷たい液体が喉を潤すはずなのに、顔は茹でダコのように熱い。


「……美味しい?」

「お、おう。生き返った」


俺が答えると、奏羽は「えへへ」と嬉しそうに笑い、俺の頬についていた木屑を、自分の指先でそっと払ってくれた。


「湊くん、すごく一生懸命だったね。……かっこよかったよ」

「……お前、本当に最近ガード緩いぞ」

「湊くん限定だもん」


彼女の甘すぎる行動に、クラスの女子たちからは「キャーッ!」と黄色い悲鳴が上がり、陸は「俺にも誰か差し入れしてくれぇぇ!」と床を転げ回っている。


「……あーあ。会長の『風森くん溺愛っぷり』、今日も絶好調だねー」


その時、廊下から呆れたような声が聞こえた。

入り口に立っていたのは、生徒会書記の逢坂(おうさか) 結衣(ゆい)だった。


「逢坂……お前も来てたのか」

「会長が『湊くんに差し入れ持っていく!』って飛び出していったから、迷子にならないように保護者としてついてきたの。……まったく、うちの意地っ張りな蒼太にも見習わせたいわ、この素直さ」


結衣は腕を組みながら、ため息交じりに笑った。


「さて、会長。風森くんへの『栄養補給』も終わったことだし、そろそろ生徒会室に戻るよ。零さんが『十五分で戻らなければ連れ戻す』って言ってたからね」

「えー? もうそんな時間? ……湊くん、もっと一緒にいたかったな」


奏羽は名残惜しそうに俺の制服の裾を引っ張ったが、結衣に「ほらほら、行くよー」と背中を押され、渋々といった様子で廊下へ向かった。


「……湊くん、また放課後ね! 終わったら、一緒に帰ろうね!」

「ああ、気をつけてな」


嵐のように現れ、甘すぎる差し入れを残して去っていった生徒会長。

残された俺は、クラスメイトたちからの「お前、本当に許さねぇからな」という嫉妬の炎に焼かれながら、文化祭というイベントの魔力を、ひしひしと感じていたのだった。


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