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第70話:公認の甘やかしと、日常の帰還

「——ということで、本日をもって二学期の中間テストの結果が出揃いました。各自、自分の課題を見つめ直すように」


ホームルームが終わり、担任が教室を出ていくと、一気に解放された空気がクラスを満たした。

俺の机の上には、学年十位という成績が記された通知表が置かれている。


「湊、お前マジでやったな……! 特進クラスの壁をぶち破るとか、学園の伝説になるぞ!」

「あぁ、死ぬかと思ったけどな……」


親友の陸が俺の肩をバンバンと叩きながら興奮している。

周囲のクラスメイトたちも、「風森すげぇ」「愛の力ってやつか」と、畏敬と少しの嫉妬が混じった視線を向けていた。

凪瀬夫人という最大の壁を乗り越え、俺と奏羽の関係は、もはや学園公認(というより、誰も手出しできないアンタッチャブルな領域)になりつつあった。


「湊くーん!」


教室の入り口から、弾むような声が響いた。

振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた奏羽が立っていた。

彼女は自分のクラスから小走りでやってきたらしく、少しだけ息を弾ませている。


「お疲れ様、湊くん! ねぇ、今日からもう……零のスパルタ補習、ないんだよね?」

「ああ。条件はクリアしたからな。しばらくは普通の放課後に戻るはずだ」

「やったぁっ!」


奏羽は周囲の目も気にせず、俺の席までやってくると、当然のように俺の腕にギュッとしがみついてきた。


「じゃあ、今日は久しぶりに……図書室で、ゆっくり本読んでくれる?」

「……もちろん。俺も、お前の寝顔を見るのが久しぶりな気がするよ」


俺が微笑むと、奏羽は「えへへ」と幸せそうに笑い、俺の制服の袖口をぎゅっと握りしめた。

あの地獄の夏期講習とテスト期間中、彼女は俺の勉強のサポートに回り、俺が彼女を寝かしつける「甘やかし」の時間は極端に減っていたのだ。

お互いに、その時間が恋しくてたまらなかった。


 * * *


放課後。

俺たちは、久しぶりに旧校舎の図書室へと向かった。

カウンターには、いつものように柚原先輩が座って文庫本を読んでいる。


「お疲れ様、風森くん、奏羽ちゃん。……見事な結果だったわね。学年トップの防衛と、十位へのランクイン。おめでとう」

「ありがとうございます、柚原先輩。……ご心配をおかけしました」


俺が頭を下げると、柚原先輩は「ふふっ」と優しく微笑んだ。


「心配なんてしてないわ。風森くんなら、絶対に奏羽ちゃんを守り抜くって信じてたもの。……さあ、奥の特等席、空けてあるわよ。今日は一条さんも来ないから、ゆっくり『休んで』いきなさい」

「はいっ! ありがとうございます、柚原先輩!」


奏羽は嬉しそうに返事をし、俺の手を引いて図書室の奥へと向かった。


いつもの、背の高い本棚に囲まれた死角のスペース。

俺が床に腰を下ろすと、奏羽は迷うことなく俺の隣に座り、俺の右肩にこてんと頭を預けてきた。

ふわりと、懐かしい甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。


「……湊くんの肩、やっぱり一番落ち着く……」

「お疲れ、奏羽。本当によく頑張ったな」


俺は本棚から適当な小説を抜き出し、彼女の頭をポンポンと撫でた。


「……うん。でも、湊くんが隣にいてくれたから、全然辛くなかったよ」

「そっか。……じゃあ、久しぶりに読むか。何がいい?」

「なんでもいい。……湊くんの声なら、なんでも」


奏羽は目を閉じ、俺の袖口を両手でぎゅっと握りしめた。

完全に脱力し、俺に全てを委ねている無防備な姿。


「『——ある日、男は古い時計台の……』」


静寂に包まれた図書室に、俺の低い声だけが響く。

数週間ぶりの、二人だけの穏やかな時間。

張り詰めていた緊張の糸が解け、奏羽の呼吸はすぐに深く、規則正しいものへと変わっていった。


「……すぅ、すぅ……」


五分も経たないうちに、彼女は完全に夢の中へと落ちていった。

俺は本を閉じ、彼女の安らかな寝顔を見つめた。


完璧な生徒会長。凪瀬家の令嬢。

そんな重たい鎧を脱ぎ捨てて、俺の肩で無防備に眠る彼女は、ただの「俺の彼女」で、世界で一番愛おしい女の子だ。


(……この寝顔を、ずっと俺の隣で守り続けるんだな)


凪瀬夫人から「一生面倒を見る覚悟」を問われ、俺は「はい」と答えた。

その責任の重さは計り知れないが、不思議と恐怖や不安はなかった。

むしろ、この甘くて少しポンコツな彼女を、これから先もずっと俺の手で甘やかしていけるという事実が、誇らしくてたまらなかった。


「……おやすみ、奏羽」


俺は彼女の額にそっとキスを落とし、彼女が起きるまでの一時間、その心地よい重みを感じながら、静かに目を閉じた。


嵐のような試練を乗り越え、俺たちの日常は、以前よりもずっと甘く、そして確かな絆で結ばれた「公認の恋人同士」として、再び静かに回り始めたのだった。


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