表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/100

第66話:中間テスト初日と、最強の「お守り」

「——それでは、問題用紙を配ります。裏返したまま待機するように」


試験監督の教師の声が教室に響く。

二学期中間テスト、初日の一時間目。科目は数学だ。


静まり返った教室の中、俺は机の上に置かれた裏返しの問題用紙をじっと見つめていた。

手のひらには微かな汗が滲んでいる。

夏休み中、零のスパルタと奏羽の甘いサポートを受けながら、過去問という過去問を解き尽くした。

それでも、いざ本番となると、あの凪瀬夫人から突きつけられた「学年十位以内」という条件の重圧が、鉛のように肩にのしかかってくる。


(……落ち着け。やれることは全部やった)


俺は心の中で深呼吸を繰り返し、そっと自分の制服のズボンのポケットに触れた。

そこには、今朝、家を出る前に奏羽から渡された「あるもの」が入っている。


『……湊くん、これ。わたしからのお守り』


玄関で、奏羽は少しだけ恥ずかしそうに、一枚の折り畳まれた紙切れを俺の手に握らせた。


『テスト中、どうしても緊張しちゃったら、これを開いて見てね。……わたしが、ずっと湊くんの隣にいるから』


それは、彼女が夏休み中に俺の弱点を分析し、びっしりと手書きで解説を書き込んでくれた「特製ノート」の、一番最後のページを破ったものだった。

試験中に見ることは当然カンニングになるため不可能だ。

だが、その紙切れがポケットにあるという事実だけで、俺の心に不思議な温かさと勇気が湧いてくるのを感じた。


「——始め!」


チャイムと共に、一斉に用紙をめくる音が教室に響き渡る。

俺はペンを握り、第一問に目を落とした。


(……よし、分かる。このパターンの因数分解は、零さんに死ぬほどやらされたやつだ)


俺の口角が自然と上がる。

鉛のように重かった腕が、嘘のように軽く動き始めた。

夏休みの特訓の成果が、一つ一つの数式を紐解いていく。

途中、少しだけ考え込むような応用問題もあったが、そんな時はポケットの中の「お守り」にそっと触れるだけで、奏羽の甘いシャンプーの香りと、彼女の「頑張って」という声が脳内に蘇り、不思議と閃きが舞い降りてきた。


 * * *


「……終了! ペンを置きなさい」


最後の一科目、現代文の試験が終了し、三日間にわたる中間テストの全日程が終了した。


「……終わったぁぁぁ……っ」


俺は机に突っ伏し、全身の力を抜いた。

泥のような疲労感と、それ以上の凄まじい達成感。

全て出し切った。少なくとも、前回の期末テストの時のような「あと一問」という後悔は、今のところ全く感じていない。


「お疲れ、湊! 今回のテスト、全体的に難化してなかったか? 俺、数学で完全に死んだんだけど……」


親友の陸が、死んだ魚のような目をして俺の席にやってきた。


「……まぁ、難しかったけど。でも、なんとか食らいつけたと思う」

「マジかよ! お前、本当に化けたな……。愛の力、恐るべし」


陸が感心したように肩を叩いてくる。

その時、教室の入り口がザワッと騒がしくなった。


「——湊くんっ!」


振り返ると、そこには息を切らした奏羽が立っていた。

彼女は自分のクラスから全力で走ってきたらしく、制服のブラウスが少しだけ乱れている。

そして、周囲の目など一切気にせず、真っ直ぐに俺の席までやってくると、俺の胸に勢いよく飛び込んできた。


「わっ……!? 奏羽、お疲れ」

「湊くん、お疲れ様……っ! やったね、終わったね……!」


奏羽は俺の制服の胸元をぎゅっと握りしめ、顔を押し付けてきた。

その瞳は潤み、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、身体が小刻みに震えている。


「手応えは、どうだった?」

「うん……! 湊くんと一緒に勉強したところ、いっぱい出たよ! わたし、今回は絶対に冴木くんに負けてないと思う!」

「そっか。よかった」


俺は彼女の背中を優しく撫でた。

クラスの連中が「また始まったよ」と生温かい視線を送ってくるが、今の俺たちには関係ない。


「……湊くんは? ちゃんと、お守り役に立った?」

「ああ。最高のお守りだった。……ありがとう、奏羽」


俺が微笑むと、奏羽は「えへへ」と幸せそうに笑い、さらに強く俺に抱きついてきた。


「……結果発表まで、まだ数日あるけど。……今日は、いっぱい甘やかしてね?」


耳元で囁かれる甘いおねだり。

過酷な夏休みを乗り越え、最後の試練を戦い抜いた俺たち。

結果がどうであれ、この三ヶ月間で築き上げた絆は、もう誰にも壊せないくらい強固なものになっていた。


あとは、運命の順位発表の日を待つだけだ。

俺は彼女の細い腰を抱き寄せ、静かに祈った。

この温もりが、明日も、明後日も、ずっと俺の隣にあり続けることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ