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第60話:お姫様の目覚めと、甘やかしの朝食

「……んんっ」


ベッドの上で、奏羽が小さく身じろぎをした。

俺の匂いが染み付いた枕をギュッと抱きしめたまま、長いまつ毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれる。


「……おはよう、奏羽。よく眠れたか?」


俺がベッドの脇から声をかけると、彼女は寝起きのぼんやりとした頭で俺の顔を見つめ、数秒間、瞬きを繰り返した。

そして、自分が俺のベッドで寝ていること、俺がすっかり元気そうな顔で自分を見下ろしていることを理解した途端、ガバッと勢いよく身を起こした。


「み、湊くんっ! 熱は!? 身体痛くない!? わたし、いつの間にか寝ちゃって……っ!」

「落ち着けって。もう完全に平熱だ。身体も全然痛くない」


俺はパニックになりかけている彼女の頭にポンと手を置き、優しく撫でた。


「奏羽がずっとそばにいてくれたおかげだよ。お前の子守唄、最強だった」

「ほんと……? よかったぁ……」


奏羽はホッと胸を撫で下ろし、今度は俺の首に腕を回して、ギュッと抱きついてきた。

俺のパジャマの胸元に顔を押し付け、安心したように深呼吸をする。


「……湊くん、元気になってよかった。わたし、すごく心配だったんだから……」

「ごめんな。でも、お前も徹夜で看病してくれたんだろ? 無理させて悪かった」

「ううん。湊くんの隣にいられるなら、全然無理じゃないもん」


奏羽は俺の胸に顔をスリスリと擦り寄せ、甘えた声を出す。

完全に熱が下がった健康な身体には、この「朝から無防備すぎるスキンシップ」は、なかなかに刺激が強い。


「……こら、奏羽。離れないと、俺がお前に風邪うつしちゃうかもしれないだろ」

「うつってもいいって言ったもん。……それに、湊くんの風邪なら、わたしがもらってあげる」

「バカ言うな。お前が倒れたら、俺が泣くぞ」


俺が呆れ半分で言うと、奏羽は「えへへ……」と嬉しそうに笑い、ようやく身体を離してくれた。


「さあ、顔洗っておいで。朝飯できてるから」

「えっ? 湊くん、病み上がりなのにご飯作ってくれたの?」

「零さんがお見舞いに持ってきてくれたレトルトのうどんを温めただけだよ。……お前がまたキッチンを爆発させないようにってな」


俺が零からの差し入れの話をすると、奏羽は「零ったら、余計なお世話だよー」と少しだけ唇を尖らせたが、すぐに「でも、お腹すいた!」と洗面所へ向かっていった。


 * * *


ダイニングテーブルに向かい合って座り、二人で温かいうどんをすする。


「……美味しい。湊くんが作ってくれたから、特別に美味しい!」

「ただ温めて卵落としただけだって」

「それでも美味しいの!」


奏羽はフーフーと息を吹きかけながら、幸せそうにうどんを頬張る。

その姿を見ているだけで、俺の心は温かいもので満たされていく。


「……なぁ、奏羽」

「ん?」

「昨日の夜、お前が俺に読んでくれた本。あれ、全部暗記してたって言ってたよな」

「うん。湊くんの声と一緒に、ずっと頭の中で繰り返してたから」


俺が改めてその話を持ち出すと、奏羽は少しだけ恥ずかしそうに俯いた。


「あのさ。……今度から、俺が眠れない時も、お前が本を読んでくれないか?」

「えっ?」

「お前の声、すごく落ち着くんだ。……それに、俺ばっかりがお前を甘やかしてるみたいで、ちょっと悔しいし」


俺がわざとらしくそっぽを向いて言うと、奏羽は驚いたように目を丸くし、やがてパァッと花が綻ぶような笑顔を見せた。


「……うんっ! わたしでよければ、いくらでも読んであげる! 湊くんが安心して眠れるように、わたしが世界で一番の子守唄を歌ってあげるね!」

「歌じゃなくて朗読な」

「同じだよ! ……ねえ、湊くん」


奏羽はうどんの入ったお椀を置き、少しだけ身を乗り出してきた。


「今日は、零の補習はお休みだよね?」

「ああ。一日ゆっくり休めって言われた」

「じゃあ……今日は、わたしが一日中、湊くんを甘やかしてあげる日だね!」


彼女の宣言に、俺は少しだけ嫌な予感がした。

「甘やかす」という言葉の裏に隠された、彼女の「独占欲」と「スキンシップの嵐」が目に見えるようだった。


「……お手柔らかに頼むよ」

「ふふっ、覚悟しててね、わたしの湊くん」


看病の逆転から始まった、甘すぎる休戦日。

俺の風邪は治ったが、別の意味で理性の限界を試される、過酷な一日が幕を開けようとしていた。


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