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第56話:夏休みの魔物と、秘密のプール特訓

夏休みも中盤に差し掛かったある日のこと。

地獄の夏期講習は連日続いており、俺と奏羽はリビングのテーブルで参考書と睨み合っていた。


「……うーん、この因数分解、どうしても解けない……」


俺がシャーペンを転がして頭を抱えると、向かいの席から氷のような声が飛んできた。


「風森さん。そこは展開の公式を逆算するだけです。昨日も教えたはずですが」

「……すみません、一条副会長」


零は冷たく言い放ちながらも、ノートパソコンの画面から目を離さない。

彼女のスパルタ指導のおかげで、俺の学力は確実に特進クラスの尻尾を掴みかけている。だが、夏の暑さと疲労がピークに達し、俺の脳はショート寸前だった。


「……湊くん、大丈夫? 少し休憩しよっか」


隣で俺の様子を心配そうに見つめていた奏羽が、冷たい麦茶を差し出してくれた。

今日の彼女は、ルームウェアではなく、涼しげなノースリーブのワンピースを着ている。

エアコンが効いているとはいえ、連日の猛暑。彼女の白い肌がいつもより眩しく見えて、俺は無意識に視線を逸らした。


「ありがとう、奏羽。……でも、零さんが許してくれないだろうし……」

「一条副会長。今日はもう、お昼にしませんか? 湊くん、すごく疲れてるみたいだし……」


奏羽が零にお願いすると、零はパソコンを閉じ、深くため息をついた。


「……確かに、効率が落ちていますね。分かりました、午前の部はこれまでにしましょう」


その言葉に、俺と奏羽は顔を見合わせて喜んだ。


「ただし」


零の眼鏡の奥の瞳が、キラリと光った。


「午後からは、気分転換も兼ねて『体育』の補習を行います」

「た、体育……?」

「ええ。夏バテで集中力が落ちているのは明白です。……午後一時に、市民プールへ集合してください」


「……は!?」


俺と奏羽のハモった声が、リビングに響き渡った。


 * * *


午後一時。

市営の屋内プールは、夏休みを楽しむ家族連れや学生たちで賑わっていた。

俺は指定されたプールサイドで、水着姿で一人ポツンと待っていた。


(……なんで勉強の息抜きがプールなんだよ)


零の考えることは本当に予測不可能だ。

だが、俺の心臓は別の理由で激しく鳴っていた。


(……奏羽の、水着姿……)


同棲生活で彼女の無防備なルームウェア姿には慣れつつあったが、さすがに水着は破壊力が違う。

俺が落ち着かない様子でキョロキョロしていると、女子更衣室の入り口から、二つの人影が現れた。


「……湊くん、お待たせっ」


「……っ!!」


俺の視界に飛び込んできたのは、予想を遥かに超える光景だった。

奏羽は、白を基調としたフリルのついたビキニ姿。

透き通るような白い肌、細く引き締まったウエスト、そして……普段の制服や私服では隠されていた、豊かな胸元。

長い黒髪はポニーテールにまとめられており、うなじが露わになっている。


「ど、どうかな……? この水着、去年買ったまま着る機会がなくて……」


奏羽はモジモジと両手を前で組み、顔を真っ赤にして上目遣いで俺を見てくる。

俺は顔から火が出るかと思い、慌てて視線を逸らした。


「す、すごく似合ってる。……ていうか、破壊力高すぎるだろ……」

「えへへ……湊くんにそう言ってもらえると、嬉しいな」


奏羽が嬉しそうに俺の腕にギュッとしがみついてくる。

水着越しの柔らかな感触がダイレクトに伝わり、俺の理性のメーターは一瞬で振り切れた。


「こ、こら、奏羽! ここは公共の場だぞ! 離れろって!」

「えー? 湊くん、照れてるの? 可愛いー」


からかうように俺の腕に頬を擦り寄せる奏羽。

その時、もう一つの氷のような声が響いた。


「……イチャつくのはそこまでにしておきなさい。監視の目があることを忘れないように」


声の方を見ると、そこには黒い競泳水着に身を包んだ一条零が立っていた。

無駄な装飾の一切ない、ストイックな水着姿。しかし、彼女のスタイルの良さが逆に際立っている。


「れ、零さん……その水着……」

「何か文句でも? 私は泳ぐために来たのです。遊びではありません」


零は冷たく言い放つと、水泳用のゴーグルを装着し、準備運動を始めた。


「さあ、風森さん。本日の体育の課題は『クロールで一キロ泳ぎ切る』ことです。体力を限界まで削り、その後の夜の勉強で集中力を極限まで高める。……それが私の『スパルタ式』です」

「い、一キロ!?」


俺が絶望していると、奏羽が俺の腕をさらに強く握りしめた。


「湊くん、がんばって! わたし、プールサイドで応援してるから! ……終わったら、またご褒美あげるからね?」


耳元で囁かれた「ご褒美」という魔法の言葉。

俺はビクッと肩を揺らし、奏羽の悪戯っぽい笑顔を見つめた。


(……一キロくらい、泳ぎ切ってやる……!!)


俺は覚悟を決め、プールへと飛び込んだ。

冷たい水が火照った身体を冷やしてくれるが、プールサイドから俺を見つめる奏羽の視線が、俺の闘争心に火をつけ続けていた。


地獄の夏期講習・プール編。

俺の体力と理性を極限まで削り取る、熱くて冷たい特訓が始まった。


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