第5話:休日の図書館と、無防備な遭遇
「おっす、湊。週末暇か?」
金曜日の昼休み。
俺の席にドカッと座り込んできたのは、親友の時野 陸だった。
こいつは常にクラスの中心にいるような陽キャで、休日は大抵誰かと遊びに出かけている。
「いや、明日は市立図書館に行く予定だ。調べ物があるからな」
「うげっ、休みの日まで本読んでんのかよ。お前、マジで図書委員の鑑だな」
「別に鑑ってわけじゃない。ただ、静かな場所が好きなだけだ」
陸は大げさに肩をすくめると、ニヤニヤと笑いながら俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして、誰かとデートとか? お前、最近放課後帰るの遅いし、なんか隠し事してない?」
「……してない。図書室の整理が長引いてるだけだ」
「ふーん? ま、いいや。じゃあ俺は他の奴誘ってカラオケでも行くわ」
鋭い勘に一瞬冷や汗をかいたが、陸はそれ以上深く追求してこなかった。
俺は内心で安堵の息を吐きながら、明日の図書館の予定を頭の中で確認した。
* * *
土曜日の午後。
市内で一番大きい市立図書館は、休日ということもあり、それなりに人が入っていた。
俺は目当ての参考書を探すため、静かな館内を歩き回っていた。
(……あった、これだ)
目的の本を見つけ、棚から引き抜こうとしたその時だった。
「……あ」
本棚の向こう側から、小さく、しかし聞き覚えのある声が聞こえた。
本を引き抜いた隙間から覗き込むと、そこには見知った顔があった。
「凪瀬……さん?」
学校の制服姿しか見たことがなかった彼女が、そこにはいた。
オフホワイトのゆったりとしたニットに、落ち着いた色のロングスカート。
艶やかな黒髪は背中で一つにまとめられており、いつもとは違う、少し大人びた雰囲気を漂わせている。
しかし、その美しさは相変わらずで、周囲の視線をひっそりと集めていた。
「湊、くん……」
凪瀬さんは俺の姿を認めるなり、パッと顔を輝かせた。
そして、周りの目を気にする素振りも見せず、小走りで俺のいる棚のこちら側へと回ってきた。
「奇遇だな。凪瀬さんも調べ物?」
「ううん……」
彼女は小さく首を横に振り、少し俯き加減でモジモジとしている。
「昨日の夜……また、眠れなくて。本、読もうと思ったんだけど……一人じゃ、ダメだった」
その言葉に、俺はハッとした。
平日は放課後に図書室で俺が朗読をしているから、彼女はなんとか睡眠をとれている。
だが、休日はどうなる? 彼女はまた、孤独で眠れない夜を過ごしていたのだ。
「……ごめん。休日のことまで、頭が回ってなかった」
「ううん、湊くんは悪くない。わたしが……弱いだけだから」
凪瀬さんはそう言って、俺のシャツの袖口を、無意識のうちにぎゅっと握りしめた。
学校ではない、私服姿でのその仕草は、なんだか妙に生々しくて、心臓がトクンと跳ねた。
「あの……」
凪瀬さんが、潤んだ上目遣いで俺を見上げてくる。
「今から……どこか、静かなところで……読んで、くれないかな……?」
ミステリアスで孤高の美少女が、休日の図書館で、俺の袖を掴んでおねだりをしてくる。
この破壊力に抗える男が、果たしてこの世に存在するのだろうか。
「……わかった。近くに、あんまり人が来ない公園がある。そこなら静かだ」
「……うんっ!」
凪瀬さんは嬉しそうに頷くと、俺の袖を握ったまま、絶対に離さないと言わんばかりの力で引っ張った。
休日の図書館デート。
いや、デートなんて大層なものではない。これはただの「不眠症の治療」の延長だ。
俺はそう自分に言い聞かせながら、彼女の小さな歩幅に合わせて、図書館を後にした。




