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第40話:特進Sクラスの壁と、甘すぎる家庭教師

放課後の生徒会室。

普段は静かなこの部屋が、今はまるで受験会場のようなピリついた空気に包まれていた。


「……はい、そこまで。解答を出しなさい」


零の冷徹な声とともに、俺はシャーペンを置いた。

目の前にあるのは、零が特進クラスの過去問から抜粋して作ったという「地獄の模擬テスト」だ。


「……うぅ、頭が割れそう……」

「湊くん、大丈夫? お砂糖入りのココア、淹れてあげようか?」


隣で涼しい顔をして参考書を捲っていた奏羽が、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。彼女はすでに今日の課題を終え、今は俺のサポート役に回っている。


「……会長、甘やかさないでください。風森さん、結果を見ますよ」


零が俺の答案用紙を素早く採点していく。

真っ赤なペンが走るたびに、俺の心臓は縮み上がる。


「……数学、六十八点。英語、七十二点。一般クラスなら優秀な部類ですが、十位以内を目指すなら、これは『お話にならない』レベルです」


零は採点済みの紙を机に叩きつけた。


「いいですか、風森さん。特進Sクラスの連中は、これくらいの難易度でも九十五点以上を平気で叩き出します。貴方が彼らに勝つには、ケアレスミスをゼロにし、さらに応用問題での『閃き』を身につけるしかない」


「……閃き、か」


俺は自分の答案を見つめた。

確かに、解き方は分かっているのに、最後の最後で計算を間違えたり、時間の配分をミスしたりしている。プレッシャーに弱い俺の性格が、そのまま点数に出ている。


「湊くん、大丈夫だよ。湊くんは基礎はしっかりしてるもん。……ね、次はわたしが教えてあげる」


奏羽が椅子をさらに俺の方へと引き寄せた。

肩と肩が触れ合う距離。彼女の甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、俺の集中力は一気に削削がれていく。


「……奏羽、近いぞ。これじゃ集中できない……」

「ええっ? わたし、湊くんを励まそうと思って……」


奏羽は少しだけ唇を尖らせ、不満そうに俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。

この「無自覚な甘え」が、今の俺には最大の毒だ。


「……会長、離れなさい。風森さんの脳が今、学習ではなく『快楽』にリソースを割いています」

「快楽だなんて、零、言い方がひどいよぉ……!」


零の的確すぎる指摘に、俺は顔を赤くして俯くしかなかった。


 * * *


二時間の「地獄の補習」を終え、俺と奏羽は並んでマンションへと帰路についた。

夕暮れの街を歩きながら、俺は頭を使いすぎてぐったりとしていた。


「……湊くん、本当にお疲れ様。……あのね、おうちに着いたら、わたしがとびきりの『ご褒美』をあげちゃうからね」


奏羽が俺の腕にギュッとしがみつきながら、耳元で楽しそうに囁く。

ご褒美。その響きに、俺の疲れが少しだけ吹き飛んだ。


マンションの部屋に入り、鍵を閉める。

俺が鞄を置こうとしたその時、奏羽が後ろから俺の腰に抱きついてきた。


「……湊くん、大好き。今日一日、頑張ってる湊くん、すごく格好よかったよ」

「おい、奏羽……まだ勉強の続きがあるんだぞ。夕飯食べて、また……」


「……ううん。勉強の前に、まずは『安らぎ』が必要でしょ?」


奏羽は俺の前に回り込み、俺のシャツのボタンに手をかけた。

といっても、服を脱がそうというわけではない。彼女はただ、俺の胸元に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「……くんくん。……あぁ、落ち着く。湊くんの匂い……」

「お前、本当にそれ好きだな……」

「うん。世界で一番好きな匂い。……ね、湊くん。今日はわたし、湊くんに『膝枕』してあげる」


「えっ……?」


「いつもは湊くんがしてくれるけど、今日は逆。……湊くん、頭使いすぎて疲れちゃったでしょ? わたしの膝で、少しだけ……寝かせてあげる」


奏羽はソファに座り、自分の太ももをポンポンと叩いた。

普段は「押しに弱い」俺だが、この時の彼女の瞳は、まるですべてを包み込む慈母のような、不思議な包容力に満ちていた。


俺は抗うことを諦め、彼女の柔らかな膝の上に頭を乗せた。

ふわりと、心地よい沈み込み。

彼女の細い指が、俺の髪を優しく梳いていく。


「……お疲れ様、湊くん。……ゆっくり、目を閉じて」


彼女の透き通るような声。

図書室で俺が彼女にしていたことが、今は逆の立場で俺を癒してくれる。


(……あぁ、これじゃ本当にダメになりそうだ……)


意識が遠のいていく中、俺は確信した。

学年十位。その高い壁を乗り越えるための原動力は、一条副会長のスパルタでも、凪瀬夫人の脅しでもない。

今、俺を包み込んでいるこの「甘すぎる安らぎ」を守りたいという、ただ一つの願いなのだと。


「……湊くん。大好きだよ。……絶対に、離さないからね」


眠りにつく寸前、俺の額に柔らかな感触が触れた気がした。

それは、どんな特効薬よりも俺に力を与えてくれる、彼女からの秘密のサインだった。


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