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第38話:同居生活の始まり(?)と、朝のハプニング

「……よし、着替えたよ。湊くん」


自室のドアがそっと開き、奏羽が顔を出した。

先ほどまでのダボダボのパーカー姿から一転、見慣れた学園の制服に身を包んだ彼女は、やはり息を呑むほど美しい。

だが、その美しい顔は今、リンゴのように真っ赤に染まっていた。


「どうした? 顔赤いぞ」

「だって……お母様が、湊くんの家から登校していいって……」

「ああ、あの紙袋。助かったよな。さすがにスウェットで登校は無理だし」

「そうじゃなくて!」


奏羽はモジモジと自分のスカートの裾を握りしめながら、潤んだ瞳で俺を見上げた。


「……これって、つまり……お母様が、わたしが湊くんの部屋に『お泊まり』したのを、認めてくれたってことだよね……?」

「……あっ」


俺は、事の重大さに今更ながら気がついた。

凪瀬夫人は、娘が夜中に家を抜け出し、男の部屋に泊まったという事実を前に、警察を呼ぶどころか、制服まで届けて「そこから登校しなさい」と言い残して去っていったのだ。

これは実質、「彼氏の家からの朝チュン登校(未遂)」を親が公認したようなものではないか。


「それに……お母様が、湊くんの『条件付きの保留』を認めてくれたなら……期末テストが終わるまでは、ずっと一緒にいていいってことだよね」


奏羽は、少しずつ俺の方へと歩み寄り、パジャマ姿の俺の胸元に顔を押し付けてきた。


「……じゃあ、今日から……毎日、湊くんの部屋から学校行っても、いい……?」

「えっ!?」

「だって、朝起きた時に湊くんが隣にいないと、また夜が怖くなっちゃうかもしれないし……。それに、湊くんに勉強教えてあげるなら、夜遅くまで一緒にいた方が効率いいでしょ?」


上目遣いで、とんでもない提案をしてくる孤高の生徒会長。

その理論は無茶苦茶だが、彼女の「俺と一緒にいたい」という強烈な欲求がビンビンに伝わってくる。


「い、いや、さすがに毎日お泊まりは……お前の家の人たちも心配するだろ」

「お母様がダメって言ったら、またベランダから忍び込むもん」

「だからそれは危ないからやめろって!」


俺が慌てて制止すると、奏羽は「えへへ……」と悪戯っぽく笑い、俺の背中に腕を回して強く抱きついてきた。


「冗談だよ。……でも、本当に……昨日は、朝までずっと安心して眠れたの。湊くんの背中、すごくあったかくて……」


彼女の甘いシャンプーの香りが、俺の理性を激しく揺さぶる。

このままじゃ、学校に遅刻する前に、俺が何かしでかしてしまいそうだ。


「……わかった、わかったから。とりあえず、朝飯食って学校行くぞ。俺も着替えないと」

「うんっ! わたし、朝ごはん作る!」

「いや、お前の料理スキルはまだ……」


俺の制止を振り切り、奏羽は意気揚々とキッチンへと向かっていった。

(……まぁ、お弁当の卵焼きは美味しかったし、目玉焼きくらいなら大丈夫か)


俺は少し不安になりながらも、急いでクローゼットから制服を取り出し、着替えを済ませた。


 * * *


「……湊くん、ごめんなさい」


十分後。

キッチンの前で、奏羽はしょんぼりと肩を落としていた。


フライパンの上には、見事に真っ黒焦げになった、目玉焼きだったと思われる物体が張り付いている。

どうやら火加減を間違え、さらにパニックになって放置してしまったらしい。


「お弁当の時は、上手くいったのにな……」

「あれは、お前の家のキッチンで、お前が何時間もかけて準備したからだろ。ここは俺の家だし、勝手も違うさ」


俺が苦笑いしながら焦げたフライパンを流しに置くと、奏羽は泣きそうな顔で俺を見上げた。


「……わたし、完璧な生徒会長だったのに……湊くんのおうちだと、何にもできないポンコツになっちゃう……」

「気にするな。俺が家事全般得意だから、お前は俺の作った飯を美味しそうに食べてくれればそれでいい」


俺は冷蔵庫から卵を取り出し、手早くスクランブルエッグとトーストを作り始めた。

奏羽は、俺が料理をする後ろ姿を、少し離れたところからじっと見つめている。


「……湊くんって、お母さんみたい」

「誰がお母さんだ」

「ふふっ。……でも、そういうところも、すごく好き」


不意打ちの「好き」に、俺はフライパンを返す手を一瞬滑らせそうになった。

最近の彼女は、俺に対する愛情表現のストッパーが完全に外れている。


「……ほら、できたぞ。冷めないうちに食おう」

「うんっ! いただきます!」


小さなダイニングテーブルで、向かい合って食べる初めての朝食。

出来合いのジャムを塗ったトーストと、簡単な卵料理だけだが、奏羽はまるで高級レストランのフルコースでも食べているかのように、幸せそうな顔で頬張っていた。


「……美味しい。湊くんの作ったごはん、世界で一番美味しい……」

「大げさだな。……でも、まぁ」


俺はコーヒーを一口飲み、小さく笑った。


「悪くないな。こういう朝も」


期末テストの条件や、凪瀬夫人の壁。

不安な要素は山積みだが、この甘くて温かい朝の時間が、少しでも長く続けばいい。

俺は、目の前で嬉しそうにトーストを齧る彼女の姿を見つめながら、そう強く願っていた。


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