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第29話:完璧の崩壊と、副会長のため息

「……会長。最近、少し羽目を外しすぎではありませんか?」


月曜日の昼休み、屋上へ続く階段の踊り場。

俺と奏羽がお弁当を広げていると、氷のように冷たい声とともに、一条副会長が姿を現した。

その手には、生徒会の承認印が必要な書類の束が握られている。


「零。どうしたの?」

「どうしたのではありません。貴女が昼休みになるなり生徒会室を飛び出し、一般生徒の教室で痴話喧嘩まがいのやり取りをした後、ここに直行したと報告を受けたものですから」


零は俺たちを一瞥すると、深いため息をついた。

その視線は、呆れと、少しばかりの心配が入り混じっているように見えた。


「風森さんとの関係を公にすることが、どれだけのリスクを伴うか、貴女は理解していますか? 週末のデートの噂で、すでに生徒会には『会長の素行に関する問い合わせ』が数件来ています。教師からも、風紀を乱さぬようにと釘を刺されました」

「……別に、風紀なんて乱してない」


奏羽は、少しだけ拗ねたように唇を尖らせ、俺が作った卵焼きをパクリと頬張った。


「わたしはただ、好きな人と一緒にお昼ご飯を食べてるだけだもん。それが、どうしてダメなの?」


その言葉は、もはや「完璧な生徒会長」のものではなかった。

論理や建前ではなく、自らの感情を優先する、恋に夢中な女の子の言葉だ。


零は、こめかみを指で押さえながら、さらに深いため息をついた。


「……ダメとは言っていません。ですが、貴女のその『ありのまま』の姿は、今まで貴女が築き上げてきた『完璧な凪瀬奏羽』という偶像を、内側から破壊しているのですよ」


その通りだった。

今までの彼女は、誰にも心を開かず、常に冷静で、ミステリアスな「氷の姫」だった。

その近寄りがたさこそが、彼女を神格化し、学園の秩序の象徴として君臨させていた。


しかし、今の彼女は違う。

好きな男のために弁当を作り、人目を憚らず教室に押しかけ、嫉妬や独占欲を隠そうともしない。

彼女はもう、完璧な偶像ではない。感情豊かで、不器用で、どうしようもなく恋をしている、ただの人間なのだ。


「……壊れたって、いい」


奏羽は、はっきりとした口調で言った。


「わたしはもう、あの息苦しい偶像には戻りたくない。……完璧な生徒会長でいるよりも、湊くんの隣で笑ったり、怒ったり、泣いたりしてる方が、ずっと楽しいから」


彼女はそう言うと、俺の腕に自分の腕を絡ませ、幸せそうに肩に頭を預けた。

その姿は、零の言う通り、もはや完璧とは程遠い、ただの甘えん坊だった。


零は、しばらく無言で俺たちを見つめていた。

そして、諦めたように、書類の束を俺の前に差し出した。


「……風森さん」

「は、はい」

「今後、会長が感情的になって職務を放棄しかけた時は、貴方がこの書類に代理でサインをしてください。貴方には、彼女をここまで変えてしまった『責任』がありますから」

「えぇっ!? 俺が生徒会の書類に!?」

「冗談です」


零は冷たく言い放つと、奏羽の頭をポンと軽く叩いた。


「会長。貴女が選んだ道です。ならば、その『ありのまま』の姿で、学園の頂点に立ち続けてみせなさい。……中途半端な覚悟なら、私が貴女を会長の座から引きずり下ろします」


それは、零なりの最大限の叱咤激励だった。

「完璧な会長」ではなく、「恋する会長」として、新たなリーダーシップを発揮してみせろ、と。


「……うん。わかってる」


奏羽はこくりと頷き、零を見上げた。

そこには、ただ甘えるだけの少女ではなく、自分の選択に責任を持とうとする、強い意志が宿っていた。


「風森さん、彼女のこと、よろしくお願いしますね。……貴方がいないと、この人はただのポンコツですから」


零は最後にそう言い残し、呆れたような、しかしどこか満足げな表情で去っていった。


嵐が去った後、奏羽は俺の腕に絡みついたまま、恥ずかしそうに呟いた。


「……今のわたし、格好悪かったかな?」

「いや、すごく格好よかったよ。自分の気持ちに正直な奏羽が、俺は一番好きだ」


俺がそう言うと、彼女は「えへへ……」と顔を真っ赤にして、俺の肩に顔を埋めた。


完璧の崩壊。それは、新たな始まりの合図だった。

ありのままの自分をさらけ出した生徒会長が、この学園にどんな新しい風を吹かせるのか。

その隣で、俺は少しの不安と、大きな期待を感じていた。


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