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第27話:初めての我儘と、夕暮れの約束

水族館の青い光の中、繋いだ手から伝わる温もりは、言葉以上に多くのものを語りかけていた。

奏羽はそれから、イルカショーではしゃいだり、ペンギンのよちよち歩きに目を細めたりと、今まで見たことのない無邪気な表情をたくさん見せてくれた。

俺はその隣で、彼女の手を握りしめたまま、その全てを記憶に焼き付けていた。


あっという間に時間は過ぎ、水族館を出る頃には、空はオレンジ色に染まり始めていた。


「……楽しかったね、湊くん」

「ああ、すごく楽しかった。奏羽のあんな顔、初めて見たよ」


駅へ向かう帰り道。

繋いだままの手が、少しだけ気恥ずかしい。

奏羽は楽しかった思い出を反芻するように、少し俯き加減で歩いていたが、その表情はどこか寂しそうだった。


「どうした? 疲れたか?」

「ううん、疲れてない。……ただ」


奏羽は立ち止まり、俺の手をぎゅっと握りしめた。

そして、潤んだ瞳で俺を見上げる。


「……帰りたくない」


それは、彼女が初めて口にした、子供のような、純粋な我儘だった。


「帰りたくないって……でも、もう夕方だぞ」

「わかってる。でも……駅に着いたら、また月曜日まで会えなくなっちゃう。……湊くんと、もっと一緒にいたい。……だめかな?」


上目遣いで、少しだけ唇を尖らせる。

その反則級の表情に、俺の心臓は再び鷲掴みにされた。


「……ダメじゃないけど。じゃあ、少しだけ遠回りして帰るか。近くに海が見える公園があるんだ」


俺がそう提案すると、奏羽は「うんっ!」と今日一番の笑顔を見せ、再び歩き出した。

繋いだ手に込められた力が、さっきよりも少しだけ強くなった気がした。


 * * *


公園のベンチに腰掛けると、目の前には夕日に照らされてキラキラと輝く海が広がっていた。

潮風が、少しだけ火照った俺たちの頬を優しく撫でていく。


「わぁ……すごい……」


奏羽は隣で、うっとりとその光景を眺めていた。

俺たちはしばらく無言で、沈みゆく夕日をただ見つめていた。

繋いだ手から、お互いの存在を確かめ合うように。


「……湊くん」

「ん?」

「今日、すごく楽しかった。……生まれて初めて、こんなに楽しい一日だった」

「俺もだよ。奏羽のおかげだ」

「……ううん。湊くんが、隣にいてくれたからだよ」


奏羽はそう言うと、俺の肩にこてんと頭を預けてきた。

図書室でのいつもの光景。でも、夕暮れの海辺というシチュエーションが、それを何倍も特別なものに変える。


「……ねえ、湊くん。わたし、もっと我儘になってもいい?」

「ああ、いくらでも」

「じゃあね……」


彼女は、少しだけ躊躇うように言葉を区切り、そして、意を決したように続けた。


「……今度の週末も、その次の週末も……ずっと、湊くんと一緒にいたい。湊くんの休日、全部わたしにちょうだい」


それは、今までで一番大きくて、甘い我儘だった。

俺の時間を、すべて独占したいという、彼女なりの最大限の愛情表現。


俺は、繋いでいない方の手で、彼女の頭を優しく撫でた。


「……いいよ。俺の休日は、全部お前にやる。その代わり、お前の休日も全部俺にくれ」

「……うんっ! あげる! 全部、湊くんにあげる!」


奏羽は嬉しそうに声を弾ませ、俺の肩に顔をぐりぐりと押し付けてきた。

猫のように甘えるその姿は、もう「氷の生徒会長」の面影などどこにもない。


「じゃあ、約束だ」

「うん、約束」


夕日が水平線の向こうに完全に沈み、空が深い藍色に染まっていく。

俺たちは、お互いの未来の週末を交換するという、甘くて少しだけ重い約束を交わした。

これから先、どんな困難があっても、この繋いだ手と、交わした約束だけは、絶対に離さない。

そう強く心に誓った、初めてのデートの終わりだった。


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