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第16話:いちゃラブの代償と、冷静沈着な副会長の襲来

「……んんっ」


図書室の奥、俺の胸に顔を埋めていた奏羽が、不意にビクッと肩を揺らして身をよじった。

そして、勢いよく俺の腕の中から抜け出すと、信じられないものを見るような目で俺を見つめた。


「あっ……! わ、わたしっ……!」


その顔は、耳の先から首筋まで、茹でダコのように真っ赤に染まっている。


「ど、どうした? どこか痛いのか?」

「ち、違うっ……! そうじゃなくて……っ!」


奏羽は両手で真っ赤な顔を覆い、しゃがみ込んでしまった。

そして、指の隙間から、か細い声が漏れる。


「……わたし、最近……湊くんに、甘えすぎ……」


(……今更かよ)


俺は心の中で盛大にツッコミを入れたが、彼女の様子があまりにもパニック状態だったので、黙って見守ることにした。


「だって……お弁当の『あーん』とか、寝落ち通話とか……挙句の果てには、昨日……その……き、キス……っ!?」


自らの口で決定的な単語を出してしまい、奏羽は「ひゃぅっ!」と可愛らしい悲鳴を上げて、さらに小さく丸まった。


「わたし……生徒会長なのに……湊くんのこと、独り占めしたくて……おかしくなってた……! 恥ずかしい……穴があったら入りたい……っ」


どうやら、一条副会長との話し合い(という名の修羅場)を経て極限状態だった彼女の緊張の糸が切れ、急に「冷静な自分」が戻ってきてしまったらしい。

付き合ってもいないのに、無自覚に俺にべったりと依存し、あまつさえキスまでしてしまった自分への羞恥心。

それが、今になって大津波のように押し寄せてきているのだ。


「まぁ、確かに俺たち……距離感、バグってたかもしれないな」


俺が苦笑いしながら言うと、奏羽は顔を覆ったまま、何度もコクコクと頷いた。


「湊くんも……わたしのこと、軽い女だって思った、よね……? 絶対引いてる……うぅ……」

「引いてないって。俺だって、嫌なら断ってたし……」


むしろ、あんな無防備に甘えられて、断れる男がいるなら連れてきてほしいくらいだ。


「でもっ……! 零に『完璧な生徒会長としての自覚を持て』って怒られて……わたし、言い返したけど……」


奏羽は少しだけ指の隙間を開け、潤んだ瞳で俺を見上げた。


「わたしが湊くんにべったり甘えてるせいで……湊くんにまで、迷惑がかかっちゃうかもしれない。……だから、少しだけ……距離、置いた方がいいのかなって……」


その言葉に、俺の胸がズキリと痛んだ。

彼女は俺を避けるためではなく、俺を一条副会長(や学園の目)から守るために、身を引こうとしているのだ。


「……距離を置くって、どのくらい?」

「……お弁当の『あーん』は、なし。……寝落ち通話も、週に一回だけ。……で、でもっ、放課後の朗読は……どうしてもダメ……?」


必死に俺の袖口を掴みながら上目遣いで訴えてくる姿は、到底「距離を置く」と決心した人間のそれではない。

俺は思わず吹き出してしまった。


「ぷっ……あははっ! なんだよそれ、全然距離置けてないじゃん」

「わ、笑わないでよぉ……! わたしだって、必死に我慢しようとしてるのに……!」

「わかった、わかった。じゃあ、お弁当は普通に並んで食べる。通話も、本当に眠れない時だけ。……でも、放課後は今まで通り、俺が本を読む。それでいいか?」


俺が提案すると、奏羽はホッとしたように息を吐き、嬉しそうに頷いた。


「……うんっ。ありがとう、湊くん」


(……結局、放課後のイチャイチャは継続なんだけどな)


俺は内心でそう思いつつも、彼女の恥じらいを取り戻した姿が新鮮で、なんだか無性に愛おしかった。

少しだけ後退したように見える関係。でも、それはお互いを思いやるからこその「足踏み」だ。

今はこれくらい焦れったい距離感の方が、きっとちょうどいい。


——そう思っていた、その時だった。


「……なるほど。少しは自覚を取り戻したようですね、会長」


図書室の奥に、氷のように冷たい声が響いた。

ビクッと肩を揺らした奏羽が振り返ると、そこには腕を組んでこちらを睨みつける一条副会長が立っていた。


「零……っ! どうしてここに……」

「貴女が逃げ出した後、その後を追ってきたに決まっているでしょう。……それに、風森さん。貴方に少し、確認しておきたいことがありまして」


一条副会長の銀縁眼鏡が、キラリと冷たい光を反射した。


「貴方は本当に、凪瀬会長を支える『覚悟』があるのですか? それとも、ただの気まぐれで、彼女の完璧な学園生活を壊して楽しんでいるだけですか?」


冷徹な副会長の襲来。

俺たちの「焦れ焦れな日常」は、そう簡単に平穏を保たせてはくれないらしい。


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