第143話:のぞみ号の密談と、共犯者の笑み
朝の東京駅。
巨大な出発案内板の下には、お揃いの制服に身を包んだ三年生たちが溢れかえっていた。
新幹線の発車ベルが鳴り響く中、俺たちは指定された車両へと乗り込んだ。
「……湊くん、隣座ろ!」
奏羽がすかさず俺の腕を引き、窓側と真ん中の席を確保した。
通路を挟んだ隣の列には、同じ班の陸と結衣が並んで座る。
「はいはい、ごちそうさま。新幹線乗る前から糖度高すぎでしょ、あんたら」
通路越しに、結衣が呆れたように頬杖をついた。
その手元では、スマホの画面がせわしなく光っている。
画面をチラリと覗き見ると、『新幹線何号車?』『隣誰? 男?』という、かなり必死な様子のメッセージが届いていた。送り主の名前は『蒼太』だ。
「……逢坂さん、蒼太くんと連絡取ってるの?」
奏羽が目を輝かせて尋ねると、結衣は「うぐっ」と喉を詰まらせ、慌ててスマホを胸元に隠した。
「べ、別に! あいつが『同じ高校なのに班が別なのは納得いかない』とかうるさいから、適当にあしらってるだけだし!」
顔を真っ赤にしてツンツンと強がる結衣。
普段は俺と奏羽をからかってばかりの小悪魔女子だが、いざ自分の彼氏のことになると、とたんに分かりやすく動揺するのが面白い。
「へぇー、蒼太くんも修学旅行、結衣ちゃんと一緒にいたかったんだね。仲良しだなぁ」
奏羽がふんわりと微笑むと、結衣は観念したようにため息をついた。
そして、周囲の生徒が騒がしく話し込んでいるのを見計らい、身を乗り出して声を潜めた。
「……まぁね。だからさ、実は私、もう手はずを整えてあるのよ」
「手はず?」
俺が聞き返すと、結衣はニヤリと悪戯っぽい猫目を光らせた。
「二日目の夜。点呼と消灯が終わった後、旅館の非常階段から抜け出して、蒼太と裏庭で待ち合わせする約束を取り付けたわ」
「「ええっ!?」」
俺と奏羽は、思わず声を揃えて小さく叫んだ。
「ちょっと逢坂、お前も抜け駆けする気なのかよ!?」
「当たり前でしょ! せっかくの京都だよ? 好きな人と夜の京都を散歩したいに決まってんじゃん! ……って、あれ? なんで会長、そんなに目を輝かせてるの?」
結衣が怪訝そうに眉をひそめた。
視線の先では、奏羽が「仲間を見つけた!」と言わんばかりに、両手をパチンと合わせていた。
「結衣ちゃん……実はね、わたしと湊くんも、二日目の夜に抜け出して足湯に行く約束してるの!」
「……マジで!? あの真面目な生徒会長が!?」
結衣は驚愕のあまり顎が外れそうになっていたが、すぐにニヤリと口角を吊り上げた。
「……いいじゃん、最高じゃん! ならさ、私たち『共犯』になろうよ!」
「共犯……?」
「女子部屋で誰かが抜け出すと怪しまれるけど、私と会長の二人が結託して、部屋の他の女子に『先生が見回りに来たら誤魔化して』って口裏合わせとけば、完璧なアリバイが作れるでしょ!」
昨夜、翠が言っていた「結衣さんを味方につけなさい」というアドバイスが、新幹線の中で完璧に回収されてしまった。
「うんっ! 結衣ちゃん、ありがとう! 絶対成功させようね!」
「任せなさいって! ダブルデート……は恥ずかしいから別行動だけど、お互い健闘を祈ろう!」
がっちりと熱い握手を交わす、生徒会長と書記。
二人とも、普段の学校での姿からは想像もつかないほど、恋する乙女全開の悪い顔をしている。
その時、通路側の席でずっとポテトチップスを食べていた陸が、絶望に満ちた顔で俺の肩を掴んできた。
「……おい、湊」
「な、なんだよ陸」
「お前も抜け出すのか? ……ってことは、蒼太の奴も抜け出すんだよな?」
「まあ、そうなるな」
「男子部屋、俺たちの班と蒼太の班が合同の大部屋なんだよ! お前ら二人が夜中に抜け出したら……俺は一体、誰と夜通しトランプすりゃいいんだよぉぉぉっ!!」
陸の悲痛な叫びが、ガタゴトと揺れる新幹線の中に虚しく響き渡った。
波乱の予感しかしない、京都・奈良への修学旅行が、こうして賑やかに幕を開けたのだった。




