第141話:修学旅行の知らせと、自由行動の密約
五月に入り、学園の木々は瑞々しい青葉で覆われていた。
朝のホームルーム。担任が教卓をバンバンと叩き、プリントを配り始めた。
「はい、静かにー。今日はお前らが待ちに待った、一大イベントの案内だぞ」
配られたプリントの一番上には、太いフォントでこう書かれていた。
——『三年生 修学旅行の実施について(行き先:京都・奈良)』
「うおおおおっ! ついに来たか修学旅行!」
「京都! 抹茶パフェ食いまくろ!」
教室中が歓声とどよめきで一気に沸き立つ。
俺の前の席の陸も、身体を半回転させて興奮気味に身を乗り出してきた。
「おい湊! 京都だぜ京都! 自由行動の班、当然俺と組むよな!? 男子だけで固まって、美味いもん食い倒れツアーやろうぜ!」
「あー……そうだな、陸」
俺が返事をしかけたその時。
ツーッ、と背筋に冷たいものが走った。
視線を斜め後ろに向けると、窓際の席に座る奏羽が、プリントを両手で握りしめながら、じーーーーっと俺のことを見つめていた。
その瞳は、獲物を狙う肉食獣のように鋭く、そして潤んでいる。
(湊くん、まさか陸くんと男子だけで班組むつもりじゃないよね……?)と、視線だけで無言の圧力をかけてきているのだ。
「……あ、いや、陸。悪い。今回の見学班、男女混合の四人から五人って決まりらしいぞ」
「げっ、マジかよ! 昼間から男だらけでハジける計画が……。ちぇっ、じゃあ楽しみは夜の男子部屋でのトランプ大会にお預けか」
陸が頭を掻きながら前を向くのを横目に、奏羽は満足そうにふっと口角を上げ、俺に向かってこっそりと親指を立ててみせた。
三年生で同じクラスになれた奇跡。彼女がこのチャンスを逃すはずがなかった。
* * *
放課後。
生徒会室で引き継ぎの資料を作っていると、案の定、奏羽がトコトコと俺の隣にやってきた。
「……湊くん」
「なんだ、奏羽」
彼女は周囲に若葉や零さんがいないのを確認すると、すかさず俺のブレザーの袖口をぎゅっと握りしめてきた。
「修学旅行の班……わたしと、湊くんと、あと陸くんと……結衣ちゃん誘うのはどうかな?」
「結衣も同じクラスだもんな。四人班ならちょうどいいんじゃないか」
「うんっ! 決まりね!」
奏羽はパァッと顔を輝かせた。だが、すぐに少しだけ眉を下げ、シュンと肩を落とした。
「……でもね、湊くん。わたし、生徒会長だから……新幹線の点呼とか、旅館での全体集会の司会とか、色々お仕事があるの」
「まあ、会長だしな。最後まで大変だな」
「違うの! そういうことじゃなくて!」
奏羽は俺の腕にぎゅっとしがみつき、頬を膨らませた。
「せっかく湊くんと京都に行くのに、旅館の部屋は別々だし、お仕事で自由時間が減っちゃったら……わたし、湊くん不足で夜眠れなくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
「……あ」
俺はハッとした。
そうだ。旅館の夜、当然ながら男子と女子は階違いの別部屋だ。
普段、マンションの同じ部屋で俺の温もりと「トントン」で安心して眠りについている彼女にとって、他人の気配に満ちた大部屋で、一人で眠らなければならない夜は、かつての不眠の恐怖を呼び起こしかねない。
「……そっか。夜のこと、考えてなかったな」
俺が真剣な顔になると、奏羽は上目遣いで、少しだけ顔を赤らめながら囁いてきた。
「だからね、湊くん。……二日目の夜の自由時間。……こっそり、抜け出そ?」
「……は!?」
「旅館の近くに、夜も入れる足湯があるんだって。……そこで、二人きりで待ち合わせして、湊くんの『声』と『ぬくもり』、いっぱいくれないと……わたし、倒れちゃう」
大胆すぎる密約の提案。
「完璧な生徒会長」が、修学旅行の夜に彼氏と深夜の抜け駆けを企んでいるのだ。
「おいおい……見つかったら停学だぞ」
「見つからなきゃいいもん。……それに、湊くんだって、わたしと離れ離れの夜、寂しいでしょ?」
小悪魔のように微笑む奏羽。
いつもと同じマンションの部屋から飛び出し、京都という非日常の街へ。
俺たちの甘すぎる関係は、修学旅行という最大の舞台で、新たなスリルとハプニングを巻き起こそうとしていた。




