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第14話:図書室の目撃者と、忍び寄る影

図書室の奥、薄暗い書架の影。

俺たちの唇が触れ合ったのは、本当に一瞬の出来事だった。

図書室のムードと、重なり合う吐息、そして「湊くん、独り占めしたいの」という奏羽の切実な言葉に、二人とも少しだけ、理性が溶けてしまっていたのだ。


「……っ!」


俺たちが慌てて距離を取ったその時、入り口からコツ、コツ、と静かな足音が聞こえた。


「柚原先輩、今日の貸出記録の最終確認を……」


凛とした声とともに現れたのは、生徒会副会長の一条(いちじょう) (れい)だった。

彼女は銀縁の眼鏡をかけ、常に冷徹な表情で生徒会を仕切る、奏羽の側近中の側近だ。


「……あ」


俺と奏羽が並んで座っているのを見つけた瞬間、零の瞳が鋭く光った。

奏羽は慌てて俺から離れようとしたが、その手はまだ俺の袖を掴んだままだ。


「凪瀬会長。こんなところで何をしているんですか?」

「……零。その、ちょっと、本を……」


奏羽が珍しくたどたどしく言い訳をする。普段なら「図書委員の彼に日本史を教わっていた」と完璧な嘘をつくところだが、今の彼女は動揺して言葉が出てこない。


「……風森湊さん、ですね」


零は俺を冷ややかな目で見下ろした。彼女の視線には、明らかな拒絶と敵意が混じっている。

奏羽の側近として、彼女の「完璧な学園生活」を守ろうとする零にとって、俺という存在は排除すべきノイズでしかないのだろう。


「零、違うの。彼は悪くなくて……」

「会長。貴女が今、どんなに無防備な顔をしているか、自覚はありますか?」


零は奏羽を制し、俺に一歩近づいた。


「貴女は『氷の生徒会長』です。誰にも乱されず、誰にも依存しない。それが貴女の立ち位置であり、私たちが守るべき尊厳です。それなのに……こんな平凡な図書委員に、何を吹き込まれているんですか」


「……っ」


奏羽が反論しようと拳を握るが、零は冷たく言い放つ。


「明日の生徒会室へ来てください。会長として、今後の『身の振り方』について話し合いたいことがあります。……もちろん、部外者である風森さんを連れてくるような真似はしないでくださいね」


そう言い捨てると、零は背筋を伸ばして図書室を去っていった。

張り詰めていた空気が、ようやく緩む。


「……湊くん、ごめんなさい。零は、あんな風に言うつもりじゃ……」

「いや、俺のせいだ。……奏羽、あんまり俺に関わると、お前の立場が危なくなるんじゃないか?」


俺が不安を口にすると、奏羽は俺の手を強く握りしめた。


「そんなの、関係ない。……湊くんといない方が、わたしにとっては『危険』なの」


彼女の言葉は、氷のような零の言葉よりもずっと熱く、俺の心臓を締め付けた。

今の俺たちにとって、何よりも守るべきは「お互いの存在」だ。

だが、その平穏は、生徒会という巨大な組織の力によって、崩されようとしていた。


「……明日、俺は行かない。お前一人で、零さんと話してこい」

「湊くん……?」

「大丈夫だ。俺たちは図書室で待ってる。……いつものように」


俺は奏羽の手をそっと離し、彼女が一人で立ち向かう覚悟を促した。


「……うん。わかった」


奏羽は悲しげに頷いたが、その瞳には俺を守るための強い意志が宿っていた。

秘密の恋人ごっこは終わり、俺たちは本格的に「二人で戦う」というフェーズに突入しようとしていた。


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