第132話:フラッシュバックと、眠れない夜の再来
生徒総会での鮮やかな勝利から、数日が経った。
冴木の不信任案は当然のように否決され、奏羽の生徒会長としての支持率はむしろ以前よりも強固なものになっていた。
だが、俺たちのマンションでの同棲生活には、少しだけ異変が起きていた。
「……んぅ……っ、やだ……」
深夜の二時。
客間のベッドで寝ているはずの奏羽が、うなされるように小さな寝言を漏らしている。
俺はトイレに起きた際、彼女の部屋から聞こえる微かな声に気づき、そっとドアを開けていた。
「……奏羽?」
ベッドに近づくと、彼女は毛布を頭から被り、身体を小さく丸めて震えていた。
額にはびっしりと冷や汗が浮かび、息は浅く、小刻みに喘いでいる。
「おい、奏羽! 大丈夫か!?」
俺が慌てて毛布をめくり、彼女の肩を揺さぶると、奏羽はハッとして目を見開いた。
「……っ、湊くん……?」
「ああ、俺だ。悪い夢でも見たのか?」
奏羽は俺の顔を確認するなり、弾かれたように俺の首に抱きついてきた。
「……こわい。……みんなの目が、こっちを見てる……。お母様も、冴木くんも、みんな……わたしを責めてるの……っ」
「奏羽……」
彼女はガタガタと震えながら、俺のパジャマの背中を力一杯握りしめた。
「……生徒総会の時のこと、夢で何度も繰り返し見ちゃうの。……わたし、本当はすっごく怖かったのに、強がって……。もし、あそこでみんながわたしを拒絶してたらって思ったら……息ができなくて……」
俺の胸が、ギリッと締め付けられた。
不眠症。
凪瀬夫人との和解を経て完全に治ったと思っていたあの症状が、生徒総会での極限のプレッシャーによって、再びフラッシュバックという形で彼女を襲っていたのだ。
「……ごめんな。俺がもっと早く気づいてやれればよかった」
俺は彼女の背中を優しく撫でた。
昼間は気丈に振る舞い、俺や翠の前でも笑顔を見せていた彼女だが、心の中にはまだあの日の恐怖が色濃く残っていたのだ。
「……湊くん。わたし、また……一人じゃ眠れなくなっちゃったかも……」
奏羽が、涙声でポツリとこぼした。
「いいよ。一人で寝なくていい」
俺は彼女を抱き上げたまま、自分の部屋のベッドへと連れて行った。
「……湊くん?」
「お前がまた安心して眠れるようになるまで、俺がずっと一緒に寝てやる。……それに、俺の『魔法』、まだ忘れてないだろ?」
俺は彼女をベッドに寝かせ、自分もその隣に横になった。
そして、彼女の細い背中を、一定のリズムで「トントン、トントン」と優しく叩き始める。
「……よしよし、奏羽。もう怖くないぞ。俺がお前を守るからな」
「……んぅ……」
俺は、彼女が一番安心する、あの宮沢賢治の童話を、低く穏やかな声で諳んじ始めた。
久しぶりの「寝かしつけ」。
だが、以前のような一方的な依存関係ではない。これは、傷ついた彼女の心を癒やすための、俺なりの全力の愛情表現だった。
「……湊くんの、声……あったかい……」
奏羽の震えが少しずつ治まり、彼女は俺の胸に顔を埋めたまま、静かな寝息を立て始めた。
俺は彼女の寝顔を見つめながら、この再発したトラウマをどうやって乗り越えさせるか、静かに考えを巡らせていた。
ただ甘やかすだけではダメだ。彼女が本当の意味で「恐怖」を克服するための、新しいアプローチが必要かもしれない。




