第131話:女王の反撃と、揺るがぬ玉座
騒然とする体育館の中、奏羽がマイクの前に立つと、自然とざわめきが静まっていった。
彼女の手には少しだけ震えがあったが、その瞳は真っ直ぐに、全校生徒と、そして冴木を見据えていた。
「……冴木くんの指摘した通り、風森くんが生徒会の仕事を手伝ってくれたこと、そして文化祭で彼と一緒に休んだことは、事実です」
奏羽の堂々とした認諾に、体育館が再び静まり返る。
冴木は「やはりな」とでも言いたげに、口角を微かに上げた。
「ですが、それは決して『私物化』でも『業務放棄』でもありません」
奏羽の声は、不思議なほど透き通っていて、力強かった。
「あの時、生徒会は文化祭の準備で完全にキャパシティを超えていました。風森くんが手伝ってくれなければ、予算案の提出は間に合わず、多くのクラスの出し物に支障が出ていたでしょう。……私は、生徒会長として『学園の行事を成功させるため』に、使えるリソースを最大限に活用しただけです」
「……っ」
冴木が僅かに眉をひそめる。
「文化祭の巡回も同じです。彼が案内してくれたおかげで、通常よりも早く安全確認を終えることができ、その分、私は他のトラブル対応に回ることができました。……結果として、誰か一人でも不利益を被った生徒はいたのでしょうか?」
奏羽の反論に、体育館のあちこちから「確かに……」「別に風森が手伝っただけで被害出てないしな」という同調の声が上がり始めた。
「冴木くん。あなたは『天才は孤独であるべき』と言いましたね。誰にも頼らず、自分一人で完璧をこなすことが正義だと」
奏羽は、一歩だけ冴木の方へ踏み出した。
「でも、わたしは違います。わたしは、自分の弱さを知っています。一人じゃ完璧になれないからこそ、足りない部分を補い合い、誰かに頼ることができる。……それが、この学園の生徒会長として、みんなを巻き込んで進んでいくための『強さ』だと信じています」
彼女の言葉は、かつてのプレッシャーに怯えていた少女のものではなかった。
周囲を巻き込み、共に高め合うことを知った、真のリーダーの言葉だった。
「風森くんは、わたしが完璧な生徒会長であり続けるための、一番のサポーターです。彼に頼ることは、決して不公平ではありません。……わたしはこれからも、彼と共に、この学園をより良くしていく覚悟があります!」
奏羽の凛とした宣言に、体育館は一瞬の静寂の後、ワッと割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「会長、かっこいい!!」
「私たちもサポートしますよ、会長!!」
生徒たちの声援が、体育館を揺るがす。
冴木の「ルールと公平性」を盾にした攻撃は、奏羽の「自らの弱さを認めた上でのリーダーシップ」という、より大きな力によって完全に打ち砕かれたのだ。
「……チッ」
冴木は忌々しそうに舌打ちをし、マイクを乱暴にスタンドに戻すと、逃げるようにステージを降りていった。
* * *
集会が解散となり、生徒たちが体育館からぞろぞろと退出していく中。
俺は人混みを避け、ステージ裏の機材置き場という死角へと急いだ。あの大舞台を終えた奏羽が、必ずそこに避難してくると思ったからだ。
「……湊くん」
予想通り、そこには壁に背を預けて座り込んでいる奏羽の姿があった。
俺の顔を見るなり、彼女はホッとしたように顔を綻ばせ、しかしすぐに膝から崩れ落ちそうになった。
俺は慌てて駆け寄り、彼女の身体を抱きとめた。
「……よく言った。最高にかっこよかったぞ、俺の自慢の生徒会長」
俺が彼女の背中を撫でながら囁くと、奏羽は「……うぅ……っ」と小さく泣き声を漏らし、俺の制服をぎゅっと握りしめた。
「……怖かった。冴木くんの言葉、すっごく冷たくて……みんなの視線も痛くて……でも、湊くんがずっと見ててくれたから、言えたの……」
「ああ。俺はいつだってお前の味方だ。お前はもう、一人で立派に戦えるんだな」
俺たちは互いの体温でプレッシャーを溶かし合いながら、生徒総会という大一番を乗り切った安堵を噛み締めていた。
だが、この時の俺は気づいていなかった。
大勢の前で凄まじいプレッシャーと戦い、自分を奮い立たせて反論しきったその反動が、彼女の繊細な心に、再び暗い影を落とそうとしていることに。




