第130話:生徒総会と、精密機械の徹底的な刃
翌朝。
春休みの登校日である今日、学園はどこか異様な空気に包まれていた。
「……湊くん、手、繋いでてもいい?」
「ああ。……周りの目なんて、もう気にする必要ないだろ」
俺と奏羽は、いつも通りお揃いのマフラーを巻き、手を繋いで学園の正門をくぐった。
すれ違う生徒たちの視線は、昨日までの「微笑ましいカップル」を見るものとは少し違い、どこか腫れ物に触るような、あるいはこれから起こる嵐を予感しているような、緊張感を含んでいた。
「……おい、風森。お前ら、大丈夫か?」
下駄箱で、親友の陸が心配そうな顔で声をかけてきた。
「ああ、零さんから話は聞いてる。冴木が不信任案を出す気なんだろ」
「マジかよ……。あいつ、どんだけ執念深いんだよ。でも、全校集会であれだけ堂々と宣言したんだから、今更同棲疑惑なんて蒸し返しても……」
「そうだな。でも、冴木のことだから、何か裏の手を用意してるはずだ」
俺が警戒を強めていると、背後から氷のような声が響いた。
「——おはようございます。その警戒心、正しいですよ」
振り返ると、そこには生徒会の腕章をつけ、分厚いファイルを小脇に抱えた一条副会長(零さん)の姿があった。
「零さん。……冴木の動き、何か分かりましたか?」
奏羽が尋ねると、零さんは眼鏡を押し上げ、周囲を警戒するように声を潜めた。
「彼が用意しているのは、単なる『同棲疑惑の追及』ではありません。……彼は、学園のルールそのものを盾にして、会長の資格を剥奪しようとしています」
「学園のルール……?」
「今日の午後、体育館で行われる生徒総会。そこで全てが明らかになるでしょう。……風森さん、会長。準備はいいですね?」
「はいっ!」
俺と奏羽は、力強く頷いた。
* * *
午後一時。
全校生徒が体育館に集められ、今年度最後となる生徒総会が始まった。
各委員会の活動報告などが淡々と進められた後、いよいよ「生徒からの動議」の時間がやってきた。
「——それでは、特進Sクラスの冴木洵くんから、動議の提出があります」
司会の声に呼ばれ、冴木が壇上へと上がってきた。
アイロンの効いたシワ一つない制服。銀縁眼鏡の奥の三白眼は、冷徹な光を放っている。
俺はステージ下から、固唾を飲んでその様子を見守っていた。
「生徒の皆さん。本日は、我が学園の『生徒会長』の資質について、重要な提案があります」
マイクを通した冴木の声は、体育館の隅々にまで冷たく響き渡った。
「先日の全校集会で、凪瀬会長は自らの弱さを認め、風森くんとの関係を公表しました。……それ自体は、個人の自由であり、私がとやかく言うことではありません」
冴木の言葉に、体育館中がざわめく。
「しかし、問題はその後です。……凪瀬会長は、個人的な感情を優先し、生徒会長としての『公平性』と『品格』を著しく欠く行動をとっています」
「公平性……?」
ステージの端に立っていた奏羽が、怪訝そうに呟いた。
「風森湊くん」
冴木は、ステージ下の俺を一瞥し、再び全校生徒へと視線を向けた。
「彼は、一介の図書委員でありながら、頻繁に生徒会室に出入りし、予算案のチェックや備品の管理など、生徒会役員と同等の業務を行っていた。……これは、特定の生徒への明確な『権限の私物化』です」
「っ……!」
俺は息を呑んだ。確かに文化祭の準備中、俺は彼女の仕事を手伝ったが、それは……。
「さらに、文化祭のお化け屋敷では、責任者である彼と会長が、巡回業務を放棄して長時間の『休憩(密会)』を取っていたことも確認されています。……生徒の皆さんが文化祭成功のために汗を流している間、トップである生徒会長は自らの欲望を優先していたのです」
「……」
冴木の言葉は、事実と巧妙な悪意を織り交ぜ、奏羽を追い詰めるための鋭い刃となっていた。
「生徒会長とは、全校生徒の模範であり、公私の区別を厳格につけるべき存在です。……感情に流され、特定の生徒に依存し、学園の業務を私物化する。……このような『不公平』と『脆弱さ』を許す者が、果たしてこの学園のトップにふさわしいと言えるでしょうか?」
冴木の言葉に、特進クラスの生徒たちを中心に「確かに……」「それはルール違反だろ」と、同調する声が上がり始めた。
これが、彼の言う「学園のルールと正論を盾にした攻撃」か。
「——したがって、私は、凪瀬奏羽生徒会長の『不信任案』を提出し、全校生徒による決議を求めます!」
体育館は、賛同と反発の声が入り混じる騒然とした空気に包まれた。
徹底的に理論武装された、反論の隙を与えない冴木の演説。
俺はステージに上がり、冴木に言い返してやりたい衝動に駆られた。
だが、俺は図書委員だ。俺がここで感情的に騒ぎ立てれば、それこそ冴木の「感情に流されている」という主張を裏付けることになってしまう。
(……耐えろ。ここは、奏羽を信じるしかない)
俺は拳を強く握りしめ、ステージ上の彼女を見上げた。
奏羽の肩は、小刻みに震えていた。
何百人もの視線と、突きつけられた正論という名の刃。
かつての彼女なら、このプレッシャーに耐えきれず、完全に心が折れていたかもしれない。
だが、彼女は逃げなかった。
ゆっくりと深呼吸をし、マイクの前に進み出たのだ。




