第128話:キッチンカウンターの熱と、外せない指輪
「……湊、くん……っ」
彼女の甘い声が、静かな部屋に溶けていく。
俺は彼女の細い腰を撫で上げ、そのまま薄手のニットの裾からそっと手を入れた。
「ひゃっ……!」
直接触れた彼女の肌は、驚くほど滑らかで、そして熱かった。
奏羽の身体がビクンと大きく跳ね、彼女は俺の肩に顔を押し付けて、声を抑えるように小さく喘いだ。
「……湊くん、手……少し冷たい……」
「ごめん。……嫌か?」
「ううん……ちがう。……もっと、触って……?」
彼女の懇願するような声に、俺の脳内は完全に沸騰した。
俺は彼女の肌をゆっくりと撫でながら、再び深く唇を重ねる。
奏羽の腕が俺の首に絡みつき、彼女の左手にあるペアリングが、俺の首筋に冷たく触れた。
その冷たい感触が、一瞬だけ俺の脳裏に「翠」や「凪瀬夫人」の存在をよぎらせる。
(……いや、ダメだろ。さすがにここでこれ以上は)
俺は少しだけ理性を総動員し、彼女の唇からそっと離れた。
「……奏羽、ちょっと待て」
「えっ……?」
「……翠がいつ帰ってくるかわからないし、ここはキッチンだ。……続きは、夜に俺の部屋で……な?」
俺が息を切らしながら提案すると、奏羽は不満そうに唇を尖らせたが、すぐに「……うんっ」と顔を真っ赤にして頷いた。
「……じゃあ、夜まで我慢する。……でも、その代わり」
奏羽は、俺の首元から手を離し、今度は俺の胸元……Tシャツの襟元を掴んで、クイッと自分の方へ引き寄せた。
「……キスマーク、つけていい?」
「はっ!?」
俺は思わず変な声を出した。
「だ、だめだろ! 明日、春休みの登校日だぞ!? 生徒会の仕事で零さんに会うのに、もし見つかったら殺される!」
「見えないところにつけるもん。……それに、湊くんがわたしのものだって、ちゃんと証拠残しておきたいの」
奏羽の瞳は、普段の「完璧な生徒会長」からは想像もつかないほど、独占欲に満ちた小悪魔の光を宿していた。
「……っ」
俺が反論する間もなく、奏羽は俺の鎖骨の少し下、Tシャツで隠れるギリギリの場所に唇を押し当てた。
そして、小さく、けれど確かに、肌を吸い上げるような感触が走る。
「……んっ……」
俺は思わず小さく呻き声を漏らし、彼女の肩を強く握りしめた。
数秒後、奏羽は満足そうに唇を離し、赤くなった俺の肌を見て「えへへ」と悪戯っぽく笑った。
「……これで、湊くんは完全にわたしのものだね」
「お前、本当に……」
俺が呆れてため息をつこうとした、その時だった。
ガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー! いやー、友達と話し込んじゃったわ!」
翠の声が廊下に響き渡る。
俺と奏羽はバネで弾かれたように身体を離し、俺は慌てて火をつけ直し、奏羽は不自然なほど勢いよく野菜を洗い始めた。
「……お兄ちゃん、奏羽さん、お疲れー。……って、なんか二人とも顔赤くない? それに、お兄ちゃん、なんか首元赤くない?」
リビングに現れた翠が、ジト目で俺たちを交互に睨みつける。
俺は必死にTシャツの襟を直し、冷や汗を拭いながら答えた。
「い、いや! ちょっと火のそばにいて暑かっただけだ!」
「……ふーん。まぁいいけど。お腹すいたから早くご飯にしてね」
翠は怪訝そうな顔をしながらも、それ以上は追求せずに自室へと戻っていった。
「……危なかった……」
俺が安堵の息を吐くと、隣で野菜を洗っていた奏羽が、クスッと小さく笑った。
「……湊くん、夜の約束、忘れないでね?」
「……あぁ、わかってるよ」
妹の帰還でギリギリ踏みとどまったキッチンでの攻防。
だが、俺の胸元には、彼女の独占欲の証が確かに刻まれていた。
今夜の「続き」がどんな甘い時間になるのか。俺は夕飯を作りながら、高鳴る心臓を抑えきれずにいた。




