第122話:春休みの目標と、妹のスパルタ計画
ホワイトデーの甘い余韻も冷めやらぬまま、俺たちは無事に修了式を迎え、春休みへと突入した。
学年十位以内という過酷な条件をクリアした俺と、見事トップの座を死守した奏羽。凪瀬夫人からの呼び出しもなく、俺たちの「親公認の同棲生活」は、穏やかな春の陽気と共に継続されることとなった。
「……はぁ、やっと春休みだ。これで少しはゆっくり寝られる……」
土曜日の朝。俺がリビングのソファで大きく伸びをしていると、キッチンからコーヒーの良い香りが漂ってきた。
「おはよう、湊くん。コーヒー淹れたよ」
俺の大きめのパーカーをパジャマ代わりに着た奏羽が、マグカップを二つ持ってやってきた。
彼女の左手の薬指には、俺がプレゼントしたペアリングがキラリと光っている。学校ではネックレスにして隠していたが、家の中ではこうして堂々と身につけているのが、彼女の小さなこだわりらしい。
「ありがとう、奏羽。……お前、本当に家事に慣れてきたな」
「えへへ……。春休み中は、わたしが湊くんの『奥さん』として、もっといっぱいお世話するからね!」
奏羽が嬉しそうに俺の隣に座り、肩を密着させてくる。
朝からこの甘さは心臓に悪いが、俺もすっかりこの日常に毒されてしまっていた。
「——おはようございます、バカップルのお二人さん」
その時、客間のドアが開き、参考書を片手に持った翠が欠伸をしながら現れた。
彼女の目は、受験生特有の少しギラギラした光を帯びている。
「おはよ、翠。……お前、朝から勉強か?」
「当たり前でしょ。私は来月、運命の高校入試を控えた受験生なんだから。……お兄ちゃんたちみたいに、春休みを満喫してる余裕なんてないの」
翠はソファにドカッと座り、俺たちのコーヒーをジロリと睨んだ。
「で? お兄ちゃんたちは春休み、どうするつもりなの? まさか毎日この部屋でイチャイチャして過ごす気?」
「い、イチャイチャなんて……」
奏羽が顔を赤くして俺の腕に隠れる。
「……まぁ、せっかくの休みだし、少しは遊びに行きたいとは思ってるけど」
「甘いね」
翠が冷酷に言い放った。
「お兄ちゃん、忘れたの? 凪瀬のお母様との約束は『学業最優先』だよ? 三年生になったら、すぐに実力テストがあるでしょ。……ここで気を抜いたら、また一気に順位が落ちるわよ」
「うっ……」
「それに、奏羽さんも。……冴木とかいう特進のトップが、春休み中も死ぬ気で勉強してるって噂、知らないの?」
翠の言葉に、奏羽の肩がビクッと跳ねた。
「……知ってる。結衣ちゃんから聞いた。……冴木くん、春休みは毎日塾の自習室にこもってるって」
奏羽の瞳に、再び『生徒会長』としての凛とした光が戻る。
「だからね、私が提案してあげる」
翠は不敵に笑い、持っていた参考書をテーブルの上にドンッと置いた。
「春休みの間、午前中は私と一緒に『地獄の自習タイム』。……午後からは、お兄ちゃんが奏羽さんに勉強を教える。そして夕方以降は、二人で夕飯の準備をして、夜は少しだけリラックスタイム。……どう? 完璧なスケジュールでしょ?」
「……俺が奏羽に勉強を教える?」
俺は耳を疑った。学力は圧倒的に奏羽の方が上だ。俺が彼女に教えることなど、何もないはずだが。
「そうだよ。……人に教えることで、自分の理解度が一番深まるの。お兄ちゃんは奏羽さんに教えるつもりで基礎を徹底的に復習して、奏羽さんはお兄ちゃんの教え方を聞いて、基礎の抜け漏れを確認する。……一石二鳥でしょ?」
翠の提案は、理にかなっていた。
「……わたし、賛成!」
奏羽が目を輝かせて俺の腕を引っ張った。
「湊くんが先生になってくれるの、すっごく楽しみ! わたし、いっぱい質問するね!」
「……わかったよ。お前がそう言うなら、やってやる」
俺が苦笑いしながら頷くと、翠は「よし、決まり」と満足そうに頷いた。
「じゃあ、さっそく午前中の自習タイム、スタート! 私は向こうのテーブルでやるから、お兄ちゃんたちはこっちでやってね。……あ、もちろん、勉強中のイチャイチャは厳禁だから!」
翠の監視の下、俺たちの春休みは「甘い同棲生活」から一転、再び「過酷な勉強合宿」へと姿を変えた。
だが、隣にはお揃いの指輪をはめた奏羽がいる。
俺たちの春は、どんなに過酷な勉強でも、絶対に乗り越えられる確かな絆と共に始まっていた。




