第112話:初詣と、絵馬に込めた願い
「……んんっ、湊くん、あけましておめでとう」
「ああ、おめでとう、奏羽。……てか、お前よく起きられたな」
元日の朝。
俺がリビングに行くと、すでに着替えを済ませた奏羽が、キッチンで不格好なお雑煮の準備をしていた。
昨夜は年越しそばならぬ「年越しキス」で限界までイチャついた後、結局俺のベッドで(俺が抱き枕にされる形で)眠りに落ちたのだ。
「だって、今日は初詣に行くんでしょ? わたし、湊くんとお正月にお出かけするの、すっごく楽しみにしてたんだから!」
奏羽はエプロン姿で振り返り、パァッと花が綻ぶような笑顔を見せた。
彼女の手元には、俺がスーパーで買っておいた四角いお餅が、少しだけ焦げ目をつけて焼き上がっている。
「……お兄ちゃん、奏羽さん、おはよー。私、福袋の戦場に行ってくるから、お雑煮は帰ってきてから食べるねー!」
そこへ、完全武装(マフラー、手袋、ダウンコート)の翠が嵐のようにリビングを横切り、玄関から飛び出していった。
相変わらずのマイペースぶりに、俺と奏羽は顔を見合わせて笑った。
* * *
朝食を済ませ、俺たちは地元の有名な神社へと向かった。
元日ということもあり、境内は多くの参拝客でごった返している。
「……湊くん、はぐれちゃいそう」
「ほら、手、繋いどけ。俺のポケットに入れればあったかいだろ」
俺がコートのポケットに手を入れたまま肘を張ると、奏羽は嬉しそうに俺の腕にギュッとしがみつき、俺のポケットの中の手に自分の手を絡ませてきた。
冷たい冬の空気の中、彼女の指先の温もりがダイレクトに伝わってくる。
「……ねえ、湊くん。お母様からメッセージきたよ」
「えっ、凪瀬夫人から!? な、なんて?」
俺がビクッとして尋ねると、奏羽はスマホの画面を見せてくれた。
『あけましておめでとう。風森さんと一緒に初詣に行くのでしょう。……風紀を乱さず、怪我のないようにしなさい。勉強も忘れないこと』
「……相変わらず、厳しいな」
「でも、これってお母様なりの『公認』だよね? 昔なら、お正月は親戚の挨拶回りで絶対に家から出してもらえなかったもん」
奏羽は嬉しそうに目を細めた。
凪瀬夫人も、俺たちが期末テストで結果(繰り上がりとはいえ)を出したことで、少しずつ歩み寄ってくれているのかもしれない。
長い列に並び、ようやく本殿の前へと辿り着いた。
俺たちは賽銭箱に硬貨を投げ入れ、目を閉じて手を合わせた。
(……奏羽と、このまま一緒にいられますように。……あと、次のテストもなんとか十位以内に入れますように)
俺が現実的な願い事をしていると、隣で奏羽も真剣な顔で祈っていた。
「……よし、おみくじ引こうぜ」
「うんっ!」
俺たちが引いたおみくじは、俺が『中吉』、奏羽が『大吉』だった。
「やったぁ! わたし大吉! えーっと、『待ち人来たる』『学業成就』……『恋愛:迷わず突き進め』だって!」
奏羽は「恋愛」の項目を俺に見せつけながら、小悪魔のように微笑んだ。
「……お前、これ以上突き進んだら、俺の理性が持たないぞ」
「えへへ……。じゃあ、絵馬も書こっか!」
俺たちは絵馬を購入し、境内の隅にある記入台へと向かった。
奏羽はペンを握り、少しだけ迷った後、スラスラと文字を書き始めた。
俺も自分の絵馬に『学力向上』と書いてから、彼女の絵馬を覗き込んだ。
『湊くんと、ずっとずっと一緒にいられますように。 奏羽』
「……お前、そんなストレートなこと書いて、恥ずかしくないのかよ」
俺が顔を赤くして言うと、奏羽は不思議そうに首を傾げた。
「だって、一番のお願い事だもん。……湊くんは、なんて書いたの?」
「俺は……その、『学力向上』だよ。十位以内をキープしないと、お前と引き離されちゃうからな」
俺が誤魔化すように言うと、奏羽は少しだけ不満そうに唇を尖らせた後、俺のコートの袖をぎゅっと握りしめた。
「……湊くんのバカ。わたしへの愛が足りない」
「愛が足りないって……俺の願い事だって、結局はお前のためだろ?」
俺が苦笑いしながら彼女の絵馬の隣に自分の絵馬を結びつけると、奏羽は「そうだけどぉ……」とモジモジしながら、再び俺の腕にギュッとしがみついてきた。
「……じゃあ、帰ったら……おみくじに書いてあった通り、もっと突き進んでもいい?」
「……だから、俺の理性が限界だって言ってるだろ」
初詣の帰り道。
俺たちは、冷たい冬の風に吹かれながらも、お揃いのマフラーと繋いだ手の温もりで、最高に幸せな新年のスタートを切っていた。
今年一年、このポンコツで甘えん坊なお姫様にどれだけ振り回されるのか。
その予感に少しだけ胃を痛めつつも、俺は彼女の笑顔を守り抜く決意を、改めて強く胸に刻んでいた。




