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第11話:生徒会長のお弁当と、秘密の階段の踊り場

四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間。

俺のクラスの男子生徒たちは、まるで獲物を狙う肉食獣のように、一斉に俺の席へと視線を向けた。


「おい風森! 逃がさねぇぞ!」

「会長と昼飯食うってマジなのか!? どこで食うんだよ!」


親友の陸を筆頭に、怒涛の質問攻めに遭いそうになったその時だった。


「——風森くん」


教室の入り口から、再びあの凛とした声が響いた。

途端に、クラスの男子たちは借りてきた猫のように静まり返る。


そこに立っていたのは、ウサギ柄の小さなお弁当箱を抱えた、氷の生徒会長・凪瀬奏羽だった。

彼女は周囲の視線など全く意に介さず、真っ直ぐに俺の席まで歩いてくると、当然のように俺の袖口をちょこんと摘まんだ。


「……行こ?」


その潤んだ上目遣いと、小首を傾げる仕草。

普段の「孤高の生徒会長」からは想像もつかない甘え方に、クラス中の男子がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


「……あ、ああ。行こうか」


俺は机の上に置いてあったお弁当箱を手に取り、逃げるように教室を後にした。

背後から「風森爆発しろ」という念のようなものがヒシヒシと伝わってきたが、今はそれどころではない。


 * * *


凪瀬さんに手を引かれるままに辿り着いたのは、旧校舎の三階と屋上を繋ぐ階段の踊り場だった。

ここは普段立ち入り禁止になっており、生徒会役員である彼女くらいしか鍵を持っていない秘密の場所だ。


「ここなら、誰も来ないから」


凪瀬さんはホッとしたように息を吐き、階段の段差に腰を下ろした。

そして、自分の隣のスペースをポンポンと叩く。


「……湊くん、ここ」

「ああ、お邪魔するよ」


俺が隣に座ると、凪瀬さんは嬉しそうに微笑み、自分のお弁当箱を開け始めた。

俺も、朝彼女から受け取った包みを解く。


中から出てきたのは、色とりどりのおかずが綺麗に詰められた、二段重ねのお弁当だった。

卵焼き、タコさんウインナー、ほうれん草の胡麻和え、そしてメインは唐揚げ。どれも美味しそうで、とても「料理に不慣れな人間」が作ったとは思えないクオリティだ。


「すごいな、これ。全部凪瀬さんが作ったのか?」

「……うん」


凪瀬さんは少し恥ずかしそうに俯き、絆創膏だらけの指先を隠すように手を握りしめた。


「あのね、わたし……料理、全然したことなくて。でも、湊くんに……美味しいって、言ってほしくて」

「……」


胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような感覚に陥った。

不眠症で苦しんでいる彼女が、俺のためにお弁当を作ろうと、早起きして、慣れない包丁を握り、火傷や切り傷を作りながら頑張ってくれたのだ。


「いただきます」


俺は手を合わせ、一番上に乗っていた卵焼きを箸で摘まみ、口に運んだ。

少しだけ甘めの味付けが、じんわりと口の中に広がる。


「……どう、かな……?」

「すごく美味しいよ。俺が普段作ってるのより、ずっと美味い」

「ほんと……!?」


凪瀬さんの顔が、パァッと明るく輝いた。

その笑顔は、学園の誰も見たことがない、年相応の女の子の無邪気なものだった。


「よかったぁ……。わたし、味見した時、ちょっと焦げちゃったかなって心配で……」


彼女はホッと胸を撫で下ろすと、自分の箸で唐揚げを一つ摘まんだ。

そして、当然のように俺の口元へと差し出してきた。


「はい、あーん」

「えっ!?」

「……あーん、して?」


少し小首を傾げ、期待に満ちた瞳で俺を見つめてくる。

——孤高の生徒会長からの「あーん」だ。

こんな状況で断れる男子高校生が、果たしてこの世に存在するのだろうか。


「……あ、あーん」


俺は顔を真っ赤にしながら、口を開けて唐揚げをパクリと食べた。

ジューシーな肉汁が広がるのを感じながら、俺の心臓は早鐘のように打ち鳴らされている。


「ふふっ、美味しい?」

「お、おう。美味い」


凪瀬さんは満足そうに微笑むと、今度は俺のお弁当箱に入っているタコさんウインナーを指差した。


「じゃあ……湊くんも、わたしに『あーん』して?」

「はぁ!?」

「だめ……?」


上目遣い。

そして、俺の制服の袖口をぎゅっと握りしめる、あの無言の圧力。


(……この人、本当に無自覚なのか?)


俺は震える手でタコさんウインナーを箸で摘まみ、彼女の小さな桜色の唇へと運んだ。


「あ、あーん」

「……んっ」


凪瀬さんは嬉しそうに目を細め、パクリとウインナーを頬張った。

そして、もぐもぐと咀嚼しながら、最高の笑顔を見せる。


「美味しい……。湊くんに食べさせてもらうと、もっと美味しく感じる」


旧校舎の階段の踊り場。

誰にも見られない秘密の場所で、俺と氷の生徒会長は、互いのお弁当を「あーん」で食べさせ合っていた。

ただの「寝かしつけ係」だったはずの俺たちの関係は、もう引き返せないくらい、甘くて特別なものへと変わり始めていた。


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