表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/68

第10話:氷の生徒会長が落とした特大の爆弾

水曜日の朝。

俺は下駄箱で靴を履き替えながら、昨夜の寝落ち通話の余韻に浸っていた。


『……湊くん……好き』


完全に寝ぼけていたとはいえ、あんな甘い声で囁かれたら、健康な男子高校生として意識しない方が無理というものだ。

俺は一時間ほど彼女の寝息を聞いた後、自分もいつの間にか眠りに落ちていた。朝起きたらスマホの画面には「通話時間:6時間42分」というとんでもない数字が表示されていて、慌てて通話を切ったのだ。


「よっ、湊! おはよー」


背中をバンッと叩かれ、俺はビクッと肩を揺らした。

振り返ると、親友の陸がニヤニヤしながら立っていた。


「お前、なんかニヤけてない? 朝から良いことでもあったか?」

「な、何もないぞ。普通だ、普通」

「ふーん?」


陸と一緒に教室へ向かい、自分の席に着く。

まだホームルームまで少し時間があり、クラスメイトたちは思い思いに雑談に花を咲かせていた。


その時だった。


「——風森くん」


教室の空気が、一瞬にして凍りついた。

いや、比喩ではなく、本当に「シン……」と音が消えたのだ。


入り口に立っていたのは、隣のクラスの生徒会長にして、学園一の美少女——凪瀬奏羽だった。


「えっ……凪瀬会長?」

「なんで、うちのクラスに……?」


ざわめきすら起きない。

成績優秀、品行方正。誰に対しても等しく冷たく、決して個人的な関わりを持とうとしない「孤高の氷の姫」。

そんな彼女が、わざわざ別のクラスに足を運ぶこと自体が異常事態なのだ。


皆が息を呑んで見守る中、凪瀬さんは周囲の視線など全く気にする様子もなく、一直線に俺の席まで歩いてきた。

そして、コトリと、可愛らしいウサギ柄の包みを俺の机の上に置いた。


「な、凪瀬さん? これ……」

「お弁当」


凪瀬さんは、少しだけ俯き加減で、しかしはっきりとした声で言った。

頬はほんのりと赤く染まり、潤んだ上目遣いで俺を見つめている。


「昨日のお礼。……夜、ずっと……朝まで電話、繋いでおいてくれたから」


——ドカァァァンッ!!


教室の中で、目に見えない特大の爆弾が爆発した音がした。

クラス中の視線が、俺の顔と凪瀬さんの顔を凄まじい勢いで往復する。


(ばっ……!! 何言ってんだこの人は!!)


俺は顔から火が出るかと思った。

「朝まで電話を繋いでいた」という事実は、どう好意的に解釈しても「一晩中通話するほど深い仲」であることの証明でしかない。

しかも、あの氷の生徒会長が、俺のために「手作り弁当」を作ってきたのだ。


「ちょ、凪瀬さん……! 声が、声が大きい……っ!」

「……だめ、だった?」


不安そうに眉を下げる彼女に、「ダメだ」なんて言えるはずがない。

それに、よく見れば彼女の指先には、小さな絆創膏がいくつか貼られていた。

不器用な彼女が、俺のために早起きして、慣れない料理をしてくれたのだと一目でわかった。


「いや、ダメじゃない。……すごく嬉しい。ありがとう、お昼にいただくよ」

「……うんっ」


俺が受け取ると、凪瀬さんはパァッと花が綻ぶような、それはそれは綺麗な笑顔を見せた。

その破壊力たるや、クラスの男子数名が魂を抜かれたように「ほわぁ……」と変な声を漏らしたほどだ。普段の氷のような表情しか知らない彼らにとって、この笑顔は劇薬すぎる。


「じゃあ、また……お昼休みに、ね」


凪瀬さんはそれだけ言うと、名残惜しそうに俺の袖口をちょこんとつまみ、小走りで教室を出て行った。


 * * *


「……おい、湊」


凪瀬さんの姿が見えなくなった途端、教室中の時間が動き出した。

真っ先に俺の胸倉を掴んできたのは、やはり陸だった。


「お前っ……! いつの間に、あの氷の生徒会長と『朝まで通話する仲』になって、しかも『手作り弁当』をもらう関係に昇格してんだよ!!」

「いや、これはその……」

「『図書委員の仕事でたまたま』なんて言い訳はもう通用しねぇぞ! 吐け! 昨日の夜、何があった!!」


クラスの男子たちも、陸に加勢するようにジリジリと俺を包囲し始める。


「風森……お前、会長のあの笑顔……っ、どういうことだ……っ」

「まさか、付き合って……いや、でも風森だぞ!?」


俺は必死に頭を回転させた。


「ち、違うんだ! これは……ただの、お礼で! その、俺が……勉強を教えてあげたお礼だよ!」

「勉強!? あの学年トップの会長に、お前が!?」

「あ、ああ。俺、日本史だけは得意だろ? 会長、日本史の特定の時代が少し苦手らしくて……それで、電話で教え——」


「嘘つけぇぇぇ!!」


陸が怒号を上げる。


「日本史教えるのに『朝まで通話』するか!? しかもあの子、お前を見る目が完全に『恋する乙女』だったぞ! しかも『お昼休みにね』って、一緒に食う気満々じゃねぇか!!」


俺は反論を諦め、机の上の弁当箱を見つめた。

丁寧に包まれた布からは、やっぱりあの甘いシャンプーの香りがした。


ハンカチの件といい、今日のお弁当の件といい。

凪瀬さんの行動は、どう見ても無自覚な(あるいは意図的な)「マーキング」だ。

「風森くんは、わたしのもの」と、学園中に知らしめるかのように。


(……お昼休み、どうやってこの包囲網を抜け出せばいいんだ……?)


ミステリアスで孤高の生徒会長から向けられる、重すぎる愛情と独占欲。

俺の平穏だった学校生活は、音を立てて崩れ去ろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ