第106話:聖なる夜のディナーと、お姫様の特別な贈り物
クリスマスイブの午前中。
居候の妹・翠が「明日の朝まで帰らないから、二人でイチャイチャしなよ!」と嵐のように去っていった後、リビングには俺と奏羽の二人だけが残された。
「……さて。湊くん、夜のディナーの買い出しは終わってるし、さっそくケーキの準備をしよっか!」
奏羽は、俺の大きめのエプロンを身につけ、やる気満々でキッチンに立った。
「ケーキって……お前、スポンジから焼くのか?」
「うんっ! 零に『電動泡立て器を使えば失敗しない』って教えてもらったから、絶対に美味しいケーキ作ってみせる!」
不器用な彼女が、俺のために一生懸命に生クリームを泡立て、いちごを飾り付けていく。
俺は彼女の横で、メインのチキンを焼き、温かいシチューをコトコトと煮込んだ。
「手伝うよ」と言っても、「だめ、今日はわたしが湊くんをおもてなしする日なの!」と頑なにキッチンの一角を死守する姿が、たまらなく愛おしかった。
* * *
そして、夜の七時。
外はすっかり暗くなり、しんしんと雪が降り積もるホワイトクリスマスとなっていた。
リビングの電気を消し、テーブルの上に並べたキャンドルに火を灯す。
揺らめくオレンジ色の炎が、お揃いのマフラーを巻いた俺たちの顔を優しく照らし出していた。
「……わぁ、すごくい綺麗。本当に、夢みたい……」
奏羽はうっとりとキャンドルの炎を見つめ、そっと俺の左腕に自分の右肩を密着させてきた。
「お疲れ様、奏羽。……メリークリスマス」
「うん、メリークリスマス、湊くん」
二人で乾杯し、手作りのディナーを食べる。
奏羽の作った特製いちごケーキは、少し形が歪だったけれど、甘くて、世界で一番美味しいケーキだった。
食後、お皿を片付け、リビングのソファに二人で並んで座った頃。
夜の静寂が部屋を包み込み、キャンドルの光が、二人の影を大きく壁に映し出していた。
「……湊くん。あのね」
奏羽は少しだけ緊張した面持ちで、ソファの陰から、赤いリボンがかかった小さな紙袋を取り出した。
「クリスマスプレゼント。……あのね、本当はもっと上手に作りたかったんだけど……」
「……開けてもいいか?」
「う、うん……笑わないでね?」
俺は慎重にリボンを解き、中から出てきたものを取り出した。
手編みのマフラーだった。
色は落ち着いたダークグレー。だが、ところどころ編み目が飛んでいたり、少し太さが均等でなかったりと、彼女の不器用な努力の跡(絆創膏だらけの指先)がびっしりと詰まった仕上がりだった。
「……これ、お前が夜な夜な毛糸玉と戦って作ってくれたやつか」
「うん。……零や逢坂さんにもちょっと教えてもらったけど、最後はわたし一人で仕上げたの。……変な形になっちゃったけど、湊くんに巻いてほしくて……」
奏羽は恥ずかしそうに俯き、俺のパジャマの袖をぎゅっと握りしめている。
俺の胸の奥が、熱く締め付けられた。
俺は無言のまま、その不格好なマフラーを自分の首に巻いた。
「……あったかい。今までもらったどんなプレゼントより、これが一番嬉しいよ。本当に、ありがとう、奏羽」
俺が微笑むと、奏羽はパァッと顔を輝かせ、俺の胸に飛び込んできた。
「よかったぁ……! 湊くんが喜んでくれて、わたし、すっごく嬉しい……っ!」
「おいおい、泣くなよ。……ほら、俺からもプレゼントがあるんだ」
俺はポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。
奏羽が震える手で箱を開けると、そこには、華奢なシルバーのチェーンに、小さな雪の結晶をモチーフにしたペンダントが収められていた。
「わぁ……綺麗……!」
「お前の名前に『羽』って入ってるだろ? 雪の羽みたいで、似合うかなって。……つけてやるよ」
俺は彼女の背後に回り、ペンダントをそっと首にかけた。
白い肌に、シルバーの雪の結晶がよく映えている。
「……どうかな?」
奏羽が振り返り、上目遣いで俺を見上げてくる。
「世界一可愛いよ、俺のお姫様」
「……えへへ」
奏羽は嬉しそうに胸元のペンダントを触り、そして、ゆっくりと俺の首に腕を回してきた。
キャンドルの明かりの中、彼女の瞳が潤んで熱を帯びていく。
「……湊くん。マフラー、つけてくれてありがとう。……あのね、わたし、もっと湊くんに甘えたいな……」
「……お前、本当に最近、隙だらけだぞ」
「湊くん限定だもん。……ねえ、キスして? ……息ができなくなるくらい、たくさん……」
彼女の甘いおねだりに、俺の理性の防波堤は音を立てて崩れ去った。
俺は彼女の細い腰を力強く抱き寄せ、その桜色の唇を塞いだ。
「……んっ、ぁ……」
キャンドルの炎が揺れる静かな部屋。
外の寒さとは裏腹に、ソファの上はとろけるような熱気に包まれていた。
お互いのプレゼントを身につけ、何度も、何度も、互いの熱を確かめ合うように唇を重ねる。
俺たちの初めてのクリスマスイブは、誰にも邪魔されない秘密の部屋で、最高に甘く、熱い夜へと更けていくのだった。




