第104話:雪の日の買い出しと、初めての嫉妬
「……うわぁ、本当に雪積もってる」
土曜日の朝。
窓のカーテンを開けると、外は一面の銀世界だった。
昨夜から降り始めた雪は、マンションの中庭をすっぽりと白く覆い隠している。
「湊くん、雪だよ! 雪!」
リビングから飛び出してきた奏羽が、子供のようにはしゃぎながら窓ガラスに張り付いた。
彼女は俺の大きめのスウェットをパジャマ代わりに着ており、袖が長すぎて指先まですっぽりと隠れている。いわゆる「萌え袖」というやつだ。
「ああ。これじゃあ、今日の買い出しは大変だな」
「えっ、買い出し行くの?」
「来週のクリスマスパーティーの準備と、夕飯の食材と。……それに、翠が『美味しいチキンが食べたい』ってうるさいからな」
客間の方から「聞こえてるよー!」と翠の抗議の声が飛んできたが、俺は苦笑いして無視した。
「わたしも行く! 湊くんと一緒に買い出し!」
「外は寒いぞ? 転んで怪我しても知らないからな」
「平気! 湊くんが手、繋いでくれるでしょ?」
奏羽は萌え袖のまま、俺の腕にギュッとしがみついて上目遣いで微笑んだ。
……この無自覚な甘え方、本当に心臓に悪い。
「……わかったよ。しっかり防寒してこいよ」
「うんっ!」
* * *
厚手のコートに、お揃いのマフラー。
俺たちは手をしっかりと繋ぎ、雪が積もる歩道を慎重に歩いて、駅前のスーパーへと向かった。
「……湊くん、手あったかいね」
「お前が冷え性なだけだろ」
奏羽は俺のコートのポケットに繋いだ手を突っ込み、嬉しそうに俺の肩に身を寄せてくる。
雪道で足場が悪いこともあり、二人の距離はいつも以上に近い。
すれ違う人々が、俺たちを「微笑ましいカップル」として見ているのが分かり、少しだけ気恥ずかしかった。
スーパーに到着し、カートを押しながら食材を選んでいく。
「湊くん、クリスマスはチキンと、あとシチューがいいな! わたし、シチューなら作れるし!」
「……この前、玉ねぎを皮ごと鍋に入れようとしたのは誰だっけ?」
「うぅ……あれは、ちょっとボーッとしてただけだもん。今回はちゃんと動画で予習するから大丈夫!」
むくれる奏羽をからかいながら、俺たちは買い物を進めた。
その時だった。
「——あれ? 凪瀬……さん?」
不意に、背後から聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、そこには同じ学年の男子生徒が数人、驚いたような顔で立っていた。
体育祭の時に少し話したことがある、サッカー部の連中だ。
「お、おいマジか。本当に凪瀬会長じゃん!」
「……えっと」
奏羽が、少しだけ警戒するように俺の背中に隠れた。
全校集会で「ありのまま」を宣言し、俺との関係を公にしたとはいえ、学園外で他の生徒と遭遇するのは初めてのことだった。
「お、お疲れ、風森。……お前、本当に会長と付き合ってんだな」
サッカー部のリーダー格の男が、俺と奏羽の「お揃いのマフラー」を見て、少し引きつった笑いを浮かべた。
「ああ。……買い物中なんだけど、何か用か?」
俺が少しだけ牽制するように前に出ると、男たちは「いや、別に用ってわけじゃ……」と慌てて首を振った。
だが、男の一人が、奏羽の顔をじっと見つめて口を開いた。
「……でもさ、会長。……その、風森と付き合ってから、なんか雰囲気変わったっていうか……」
「え?」
「前は『氷の生徒会長』って感じで近寄りがたかったけど、今はなんか……すげー可愛くなったっていうか……その……」
男が頬を赤くしながらモジモジと言葉を濁す。
他の男子たちも、「たしかに」「なんか、隙があるっていうか……守ってあげたくなる感じ」と同調し始めた。
(……おいおい)
俺の胸の奥で、黒い感情がふつふつと湧き上がってくるのを感じた。
「俺の彼女が可愛い」と褒められるのは悪い気はしない。だが、他の男からそういう視線を向けられるのは、全く別の話だ。
「……奏羽」
「……ん?」
俺は、彼女の腰にガバッと腕を回し、自分の身体へと強く引き寄せた。
「ひゃっ……湊、くん?」
「……そろそろ行くぞ。翠がチキン待ってるし」
俺は男子たちを鋭く睨みつけ、低く冷たい声で言い放った。
俺の明らかな「独占欲(牽制)」に、男子たちは「お、おう……じゃあな、風森」と気まずそうに逃げていった。
「……湊くん? どうしたの、急に」
奏羽が不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「……なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないよ。……もしかして、怒ってる?」
奏羽が俺の顔を覗き込むようにして、小悪魔のように微笑んだ。
「……湊くん、さっきの人たちに嫉妬してくれたの?」
「……うるさい。自分の彼女が他の男から『可愛い』なんてデレデレ見られたら、普通は面白くないだろ」
俺が顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、奏羽は「えへへ」と幸せそうに笑い、俺の腕にさらにギュッとしがみついてきた。
「……わたしは、湊くんだけのものだよ。他の人がなんて言っても、わたしが『甘えん坊でポンコツ』なのは、湊くんの前だけだもん」
彼女の甘い囁きに、俺の胸の奥の黒い感情は一瞬で溶け去り、代わりに照れくささと愛おしさでいっぱいになった。
「……わかってるよ。ほら、早く帰るぞ」
雪の降る帰り道。
俺たちは、来た時よりもさらに強く手を握り合い、冷たい風の中を温かい家へと向かって歩き出した。
初めての嫉妬と、それを包み込む彼女の愛情。
俺たちのクリスマスは、もうすぐそこまで迫っていた。




