第102話:不器用なマフラーと、冬の図書室
十二月も下旬に差し掛かり、学園の廊下は底冷えするようになってきた。
期末テストも終わり、冬休みを目前に控えた学園は、どこか浮き足立った空気に包まれている。
「……湊くん、手、繋いでもいい?」
昼休み。
俺と奏羽は、いつものように旧校舎の図書室へと向かっていた。
周囲に生徒の姿がないことを確認すると、彼女は俺の制服の袖ではなく、そっと俺の指に自分の指を絡ませてきた。
彼女の指先は、氷のように冷たい。
「手袋、してこなかったのか?」
「うん……忘れちゃった。でも、湊くんと手を繋げるから、忘れてよかったかも」
悪戯っぽく微笑む奏羽。
俺は苦笑いしながら、繋いだ手を俺のコートのポケットに引き入れた。
「ひゃっ……」
「これなら温かいだろ。……それに、誰かに見られても分かりにくいしな」
「……うんっ。湊くんのポケット、すごくあったかい……」
奏羽は嬉しそうに俺の腕に身を寄せ、歩幅を合わせて歩く。
ポケットの中で重なり合う手と手から、互いの体温がじんわりと伝わってきた。
* * *
図書室に入ると、そこにはすでに一条副会長(零さん)と、書記の逢坂の姿があった。
期末テスト期間の地獄の補習は終わったが、生徒会の業務や、冬休み前の図書室の整理など、やるべきことはまだ残っている。
「遅いですよ、二人とも」
零さんが、眼鏡を押し上げながら俺たちをジロリと睨む。
ポケットの中で手を繋いでいることは、彼女の鋭い視線には完全に見透かされていた。
「すみません、零さん。……少し、外が寒くて」
奏羽が慌てて手を離し、顔を赤くして取り繕う。
「まあいいでしょう。……会長、生徒会報の冬休み特別号の原稿、最終チェックをお願いします。風森さんは、返却された本の配架を手伝ってください」
「はいっ」
「了解です」
俺たちはそれぞれの作業に取り掛かった。
俺が本を抱えて書架の間を歩いていると、不意に逢坂がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「風森くん、風森くん」
「……嫌な予感しかしないんだけど、なんだよ、逢坂」
「いやー、会長ったらさ、最近ずっと生徒会室でコソコソ編み物してるんだよねー」
「……編み物?」
俺が聞き返すと、逢坂は声を潜めて続けた。
「うん。クリスマスプレゼントなんだって。……でも、会長、恐ろしいくらい不器用でしょ? この前なんて、毛糸玉と格闘して自分が縛られちゃってたからね」
逢坂の言葉に、俺は思わず吹き出しそうになった。
完璧な生徒会長が、毛糸玉に絡まって身動きが取れなくなっている姿。容易に想像がつく。
「零さんも見かねて手伝おうとしたんだけど、『これはわたしの力だけで作るの!』って意地張っちゃって。……風森くん、本番でもし変な形のマフラー渡されても、絶対笑っちゃダメだよ?」
「笑うわけないだろ。……あいつが俺のために作ってくれるなら、どんな形でも嬉しいよ」
俺が真顔で答えると、逢坂は「うわー、ごちそうさま!」と大げさに両手で顔を覆った。
「ホント、このバカップルは……。あーあ、うちの蒼太にも聞かせてやりたいわ」
逢坂は呆れたように肩をすくめ、自分の作業に戻っていった。
(……編み物か)
俺は本棚の隙間から、カウンターで作業をしている奏羽の姿をこっそりと覗き見た。
彼女の指先には、いくつもの小さな絆創膏が貼られている。
料理の練習で火傷した痕とは違う。あれはきっと、編み針で指を突いてしまったのだろう。
俺の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
不眠症で夜が怖かった彼女が、今は俺へのプレゼントのために、夜な夜な毛糸と格闘している。
その事実だけで、俺にとっては最高のクリスマスプレゼントだった。
* * *
放課後。
作業を終えた俺たちは、いつものように並んでマンションへの帰路についた。
「……ねえ、湊くん」
「ん?」
「クリスマス、どこか行きたい場所ある? わたし、一日中湊くんと過ごせるならどこでもいいんだけど……」
奏羽が、俺のコートの袖を掴んで上目遣いで聞いてくる。
「そうだな……。イルミネーションが見たいって言ってたよな? 駅前の大通りでイベントやってるらしいから、そこに行ってみるか」
「ほんと!? 行きたい!」
奏羽はパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。
「……でも、外は寒いからな。しっかり防寒していかないと」
俺がわざとらしく言うと、奏羽は「ふふっ」と意味ありげに微笑んだ。
「大丈夫だよ。……わたし、すっごくあったかい防寒具、用意してるから」
絆創膏だらけの指先を、少しだけ背中に隠すようにして笑う彼女。
俺は気づかないフリをして、彼女の頭をポンポンと撫でた。
「そっか。楽しみにしてるよ」
冬の夕暮れ。
吐く息は白いが、繋いだ手と、互いを思いやる不器用な優しさが、俺たちの帰り道をどこまでも温かく照らしていた。




