第101話:恋人たちの朝と、近づく聖夜の足音
冬の冷たい空気が窓ガラスを叩く朝。
俺は、右腕に感じる確かな温もりと、規則正しい寝息の音でゆっくりと目を覚ました。
「……んぅ、湊くん……」
毛布にくるまり、俺の胸に顔を埋めている奏羽。
昨日、遊園地でのデートを終え、彼女は「眠れないから」という不眠症の治療の口実を捨て、「好きだから一緒に寝たい」と俺のベッドに潜り込んできた。
つまり、今の俺たちは正真正銘、互いの愛情だけで寄り添い合う「恋人同士」として、この朝を迎えているのだ。
「……おはよう、奏羽」
俺が彼女のサラサラとした黒髪を撫でると、奏羽はゆっくりと長いまつ毛を震わせ、目を覚ました。
「……ん、おはよう、湊くん」
「よく眠れたか?」
「うん。……すっごく、よく眠れた。湊くんの夢、見たよ」
奏羽はとろけるような笑顔を浮かべ、俺のパジャマの胸元に顔をスリスリと擦り寄せてきた。
親公認の同棲生活が始まってからずっと甘えん坊だったが、恋人としての自覚を持った彼女の「甘え」は、もはやストッパーが完全に吹き飛んでいる気がする。
「……よし、起きるか。翠がまた『朝から当てつけがましい』って怒り込んでくる前に」
「むー。翠ちゃん、最近ちょっと過保護だよね。わたしの方が湊くんの彼女なのに」
奏羽は不満そうに唇を尖らせたが、渋々といった様子で俺の腕から離れ、ベッドを抜け出した。
* * *
「おはよー。……はぁ、今日も朝から砂糖を吐きそうな空気ね」
リビングのダイニングテーブルでは、すでに着替えを終えた翠が、トーストを齧りながら呆れたような視線を送ってきた。
俺と奏羽が、無意識に手を繋いだまま寝室から出てきたからだ。
「おはよう、翠ちゃん。今日のご飯はわたしが作るね!」
「お、珍しいじゃん奏羽さん。じゃあ期待して待ってるね」
奏羽は嬉しそうにキッチンへ向かい、俺の大きめのエプロンを身につけた。
目玉焼きを黒焦げにしていた頃から比べれば、彼女の料理スキルは飛躍的に向上している。最近は簡単な朝食なら一人で作れるようになっていた。
「……で、お兄ちゃん」
翠が、コーヒーを啜りながら声を潜めてきた。
「なんだよ」
「カレンダー、見てみ?」
翠に顎で示され、俺は壁掛けのカレンダーに目を向けた。
期末テストが終わり、現在は十二月の中旬。そして、来週の週末には赤い丸印がつけられている。
「……クリスマス、か」
「そう。お兄ちゃんと奏羽さんにとって、晴れて『本物の恋人』になってから迎える、初めての一大イベントでしょ。……何か計画立ててるわけ?」
「計画って……いや、まだ何も」
俺が正直に答えると、翠は「はぁ」と今日一番の深いため息をついた。
「あのねぇ。奏羽さん、お母様が厳しかったから、今まで『彼氏と過ごすクリスマス』なんて経験したことないはずだよ。絶対にめちゃくちゃ期待してるって。……彼氏なら、ちゃんとリードしてあげなよ」
「……」
翠の言う通りだ。
遊園地デートの時も、彼女は「こういう場所は初めて」と目を輝かせていた。なら、クリスマスという特別な日も、彼女にとっては未知のキラキラした世界に違いない。
「……お待たせ! ベーコンエッグとサラダだよ!」
キッチンから、エプロン姿の奏羽がフライパンを持って戻ってきた。
「おお、美味そうじゃん。ありがとな、奏羽」
「えへへ……。あ、そうだ、湊くん」
奏羽はエプロンを外し、俺の隣に座ると、少しだけモジモジしながら上目遣いで俺を見上げてきた。
「あのね。来週の週末……クリスマス、なんだけど」
「ああ、そうだな」
「その、もしよかったら……一日中、わたしと一緒にいてくれないかな? ……ダメ?」
翠が「ほら言わんこっちゃない」という顔で俺を見ている。
断る理由なんて、あるはずがなかった。
「ダメじゃないよ。むしろ、俺から誘おうと思ってたところだ」
「ほんと!? やったぁ……!」
奏羽はパァッと顔を輝かせ、俺の腕にギュッとしがみついてきた。
「じゃあ、わたし、色々と計画立てるね! ケーキも手作りしたいし、プレゼントも……あ、でも湊くんは何が欲しい?」
「俺は、お前が隣にいてくれればそれでいいよ」
俺が素直な気持ちを口にすると、奏羽は茹でダコのように顔を真っ赤にして、「み、湊くんのバカ……朝から心臓に悪いよ……」と俺の肩に顔を埋めた。
「……はいはい、ごちそうさま。クリスマス当日は、私は友達とパーティーするから、夜まで帰らないでおいてあげる。……せいぜい、二人で甘い夜を過ごしなさいな」
翠がニヤニヤしながら立ち上がり、自分の食器を片付け始めた。
その言葉に、奏羽はさらに顔を赤くして俺の腕に顔を隠してしまう。
恋人同士になって初めて迎える、冬の一大イベント。
完璧な生徒会長と過ごす、特別なクリスマスに向けて、俺たちの甘くて少し騒がしい準備期間が幕を開けようとしていた。




