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久手月村と少女 そのいち


 おおよそ都会では見られないような景色が、僕の目の前に広がっていた。

 生い茂る草木。

 そこら中にある田んぼ。

 ろくに整備もされてない砂利道。

 木製の小屋。

 その中で、真っ白な髪をした少女が、軽快なステップを刻んでいる。

 僕に絵心があるなら、この光景をキャンバスに描き留めていたかもしれない。

 ……とまぁ、のどかな風景である。今時ここまでの田舎は、そうは無いだろう。

 

 ――しかし、狭い。

 なぜかは分からないけど、そう感じる。

 人口が少ない。元々面積が少ない。

 それは分かっている。

 でも、なんというか……、狭い。

 息が詰まるような、あるいは誰かに見られているような。

 まるで、世界がまるごと縮まったかのような感覚。

「そんなに窮屈?」

 少女が、僕に問いかける。

 むろん、僕は何一つ言葉には出していない。

「……あの」

「何?」

「俺の考えてることが……その、えっと……。凄く、凄く馬鹿らしい発言かもしれないんですけど……、あー……」

「うん。読めるよ。私はサトリだから」

「……サトリ?」

 僕の言葉に、少女が頷く。

 サトリ。

 確か、人の心を読む妖怪の名前だった気がする。

 前になんだかの漫画で見たことがあった。

 山の中に住み、人の心を読んで、怪しい言動で惑わせる。たしか、そんな感じだ。

 もっとも、その漫画の中ではゴリラのような姿をしていて、目の前の少女とは似ても似つかなかったが。

 しかし、そんな御伽噺のような能力が現実に存在するのだろうか。

 常識的に考えれば、無い。

 そう断定するのが当然なのだが――現に、僕は一度、思考を完全に読まれている。

 それに、名前も知られていた。

 これは、どういう事なのだろう。そんなにわかりやすい顔をしているのだろうか、僕は。

 と、しかめっ面をしながら考えていると。

 当のサトリの少女が、足を止めた。

「着いたよ、学校」

 その言葉に促され、前を見てみると、そこには木製の大きな建物が姿を現していた。

 おそらく、これが学校……なのだろう。

 しかし、築何十年建っているのだろうか。これは。相当の年季を感じる意匠である。

 僕が疑問に思っていると、サトリの子が教えてくれた。

「築三十二年の学校。丁度、この村の歴史と同じ」

 やはり、思考を読まれている。

「……便利ですね、サトリって」

「まぁねー」

 カマをかけてみたつもりなのだが、簡単に認められてしまった。

 次の言葉に詰まる。

 何となく会話を繋げなければいけないと思い、僕は、

「……あの、名前……なんですか?」

 唐突ではあるが、気になっていた事を聞く事にした。

「あ。そういえばそうだったねぇ。じゃあ、改めて自己紹介」

 そう言うと、サトリの子は腕を『バッ!』とおおげさに広げる。

「久手月村村長兼久手月高校校長。東條覚とうじょうさとり。覚えるって書いてさとりって読むの。よろしくね? 慶太くん」

 名前までサトリらしい。

「……校長? 村長?」

「うん。偉いんだよ?」

「何歳なんですか?」

「乙女に歳を聞くのは?」

「……タブーですね」

「よく出来ました」

 あっさりとあしらわれてしまった。

 思わずもう一度、覚さんの身体(こういうと、凄くいやらしく聞こえるが、決してそういう意味ではない)を凝視する。

 容姿についてはそれはもう、相当整っている。モデル並かもしれない。

 切れ長だが、キツさを感じさせない目。

 真っ白い、綺麗な長髪。肌の白さもあいまって、雪のような儚さすら感じる。

 着ている服も白いネック・ワンピース。高級感が漂っている。

 どう見ても、村長とか校長とか、そういうのには見えない。

 ……待てよ? こんな事を僕が思っているのも、もしかしたら覚さんには筒抜けかもしれない。

 なので、これ以上の俗っぽい事を考えるのはやめておく。

 僕が思考を止めた瞬間、それを待っていたかのように覚さんが口を開いた。

「まぁ私の事はいいから、入って入って。これから挨拶するんだから」

「え? 今日の内にですか? まだ泊まるところとかも……って、何してるんですか」

 気付くと、覚さんの掌が、僕の背中に押し当てられていた。

 細い指が、背中に纏わり付く。

「気にしない気にしない。皆、慶太くんの事待ってるんだよ?」

「はぁ……」

「善は急げって、聞いたことない?」

「そりゃ、ありますけど」

「じゃあ決まりー。早く行こうよー。けーいったくーん」

 覚さんの無邪気な笑顔にやられた訳ではない。そうではないが――。

 結局、僕は成し崩しに挨拶をする事になった。

 ちっぽけな校門をくぐり、校舎へと足を踏み入れる。その際、当然のように靴を脱ごうとしたのだが、どうやら土足でいいらしく、引き止められてしまった。

 言われてみれば、廊下には砂利が散乱している。

 まぁしかし、変わった事といえばそれぐらいだろう。

 ちゃんとトイレもあるし、窓は何個もついている。

 ちらっと見ただけだが、職員室のようなモノもあった。

 要するに、外見よりはしっかりと学校の形を成していたのである。

 やがて、教室の前にたどり着いた。

 プレートには『魔殿パンデモニウム』と、おどろおどろしい字で書かれている。

「……あの、これは?」

「多分、それはユリの仕業かな? ちょっと変わった娘でねぇ」

 ユリという娘は、宇宙からの怪電波でも受信したのだろうか。 

「ここは、何組なんですか?」

「あー、全員ここ。教室は一つだけだよ。小さい子も、慶太くんみたいな子もいる。まぁ、小さい子のほうが多いけど」

「……そんなんで勉強、教えれるんですか?」

「仕方ないのよ。子供の数が少なくてねぇ。昔はもうちょっと居たんだけど」

 しみじみと、昔を思い出すかのように覚さんは言う。

 ……本当に何歳なんだろう。

 しかし、まさか教室が一つだけとは思わなかった。

 勉強はしっかりと出来るのだろうか。

 わからないところがあっても、周囲はあてに出来ないかもしれない。

 ……まぁ、それでも。

 こっちはこっちで、いいこともあるような気がする。

 人が多いと名前を覚えるのが大変だし、同い年のヤツとはあまり仲良くできた経験が無い。

 勉強は確かに不安だが、人との付き合いは前の学校より円滑に出来るかもしれない。

 そして、なにより。

 子供は嫌いじゃない。

 そんな事を考えていた折、覚さんがいきなりニヤニヤしながら、

「慶太くん、ロリコンなの?」

 と言ってきた。

「違います」

 即座に否定する。

 なんというか、人懐っこさに癒されるというか、そんな感じだ。

 無邪気な笑顔を見ると、なんとなく嬉しくなってくる。

 中学生の時は、小学校の教師になりたいと思った事さえあるぐらいだ。

 結局その夢は、非凡になりたいという思いにかき消されたけれど。

 まぁ何にしろ、子供は可愛いと思う。汚い大人や、半端に智恵をつけた高校生よりかは、少なくとも。

「ねぇ、ロリコンだよね?」

「だから違います! 冷やかさないでください!」

 もちろん否定する。

 ここは譲れないところだ。

 もし少しでも認めてしまったら、一生責められる気がする。

「うーん。でも転校生なんて久々だからね〜、慶太くんモテるかもよ?」

「そ、そうですかね……?」

「うんうん。慶太くん、結構かっこいいし」

「……それ、本気で言ってますか?」

「それなりに」

「そうですか……」

 結構覚さんはいい加減な人なのかもしれない。

 見た目は、物凄い清廉なお嬢様だというのに。

「ま、入ったら? 私はちょっと、プリントとって来るから」

 そう言うが否や、覚さんは廊下を走っていった。まさに爆走といった感じで、砂埃が舞ったり、小石が蹴り上げられたりしている。

 どうやら、廊下で走ってはいけないという決まりは無いらしい。 


 さて、どうしようか。

 ドアを目前にして、僕は思いを張り巡らせる。

 可愛い子はいるのだろうか。

 いや、別にロリコンという訳ではないが、そりゃあ子供でも可愛いほうがいいに決まっている。

 同年代の人も気になる。仲良くできるだろうか?

 それに、ユリというのが誰かも、もちろん興味がある。

 …………まぁ、このままじっとしていてもしょうがない事は確かだった。 

 男は度胸だ。

 それに、もしかしたら本当にモテるかもしれない。男子が少ないならチャンスはあるはずだ。

 根拠の無い自信と希望を持って、僕はドアを開けた。

 まるで、無防備に。

 なんの警戒も無く。

 それが、失敗だったのだろう。

  

 ――――スパァァァン!


 瞬間、強烈な衝撃が、僕の身体を襲った。





「ちゃんと足元を確認しないと駄目でしょ? 慶太君」

 僕は布団に身をくるみながら、覚さんの言葉を聞いていた。

 目が覚めた時にはここだったので、詳しい事は分からないが、多分保健室なのだろう。

 木製の棚には、体温計や救急箱が陳列している。


 あの時。

 無防備に教室に入った僕には、強烈な田舎の洗礼とでも言うべきものが待っていた。

 まず、ドアとドアの間にはビニールテープが貼ってあり、僕はそれにあっさり引っかかった。

 体勢を立て直そうとした僕に、ユリという少女は強烈な飛び蹴りをかましてきたらしい。

 僕は、その姿すら見えなかった。

 前方から激痛を加えられた僕は、後頭部を地面にぶつけて――

 意識があるのは、そこまでだった。

 その後、体を大の字にして気絶した僕は、プリントを手にした覚さんによって発見され、今に至る。

 とんだお笑い種だ。


 それにしても、あの飛び蹴りは痛かった。

 強烈な痛みが一瞬の内に抜けていって、意識が遠のいていった。

 余程見事に急所を捉えていたに違いない。

「……むちゃくちゃ嫌われてるじゃないですか、俺」

 まだ痛む頭を抑えつつ、僕は不満の声を漏らした。

「第一、教室に入る時は警戒しろなんて、聞いた事も無いですよ」

「うーん、ほら。こっちの流儀みたいなもんだから」

「……いきなり飛び蹴りをかますのがここの流儀なんですか」

「ユリは……その、ちょっと変わってるからねぇ」

「……」

 僕は、何となく嫌な気分になった。

 覚さんが、被害者の僕ではなく、加害者のユリという少女を擁護しているような気分がしたからだ。

 

 

 先程は希望の園に見えた教室は、まさにプレート通り、魔殿に見えた。

 余所者を排除するという、はっきりとした悪意に満ちている。

 ……というのは言いすぎだが、とりあえず嫌な感じはした。

 当然だ。

 また、飛び蹴りを食らわないという保証は無い。

「ほら、チャレンジチャレンジ。今回は私も居るから」

 おそらくは、そんな僕の気持ちを知っているだろうに、覚さんはあくまで陽気だ。

 ……しかし、今回はさっきのようにはいかない。

 全身の筋肉を緊張させる。

 剣道で馴らした僕だ。

 その気になれば、少女の飛び蹴りぐらい避けれる気が――しないでも無い。

 それに、二回目だ。

 ビニールテープぐらいでは動じない自信はある。

 ――はぁぁ……。

 丁度、映画で見たブルース・リーのように深呼吸をする。

 いける!

 やれる!

 大丈夫!

 僕は勢いよくドアを開け――


 ビニールテープ。

 無かった。

 飛び蹴り。

 無かった。

 罵声。

 無かった。

 そこには、都会の進学校真っ青なほどに行儀よく座った少年少女達がいただけで、危惧した事態は何一つとして無かった。

 冷めた空気を気まずく思い、ふと隣を見ると、覚さんが『静かにするように言っておいたからがんばって!』とでも言いたげな表情で立っていた。

 これ以上の間接的な嫌がらせがあるだろうか。

 よくよく見ると、彼女は笑いをこらえているようにも見える。

 ちくしょう。

 なんて教師だ。

「え、えっと……今日から久手月校に転校する事になった、瀬川慶太です」

 意を決して口を開いた僕に、冷ややかな視線が突き刺さる。

「迷惑をかける事もあるでしょうが、よろしくお願いします」

 長い、長い沈黙。

 僕は、覚さんに目配せをする。

 もう限界です。

 一発芸とかありません。

 無理です。

 助けてください、覚さん!

「……えーっと、はい。慶太君は、ずっと遠くから来たの。まだ村に慣れて無いだろうから、みんな優しくしてあげてね?」

 さすがサトリだ。

 僕の意思が伝わった。

 覚さんは続ける。

「じゃあ、何かみんなから慶太君に質問はある?」

「はい!」

 一人の少年が、勢い良く手を挙げた。

 年の頃は十二歳ぐらいだろうか。

 活発そうな容姿をしている。

あきら君、何かな?」

「けーたは、聖鳥せいちょう様のことどう思ってんだよ?」

 …………は?

 思わず声がこぼれそうになった。

 間髪いれずに、今度は、別の子が立ち上がる。

 女の子だった。

「そうだよ! 聖鳥様、かわいそう!」

 女の子は、口を尖らせて、そう言った。

 一体何のことだろう。

 全く訳がわからない。

「一発でノックダウンだぜ? だって」

「聖鳥様が認める訳ないよ!」

「そもそも、聖鳥様はさっき、怒ってた……」

 まるで、水を堰き止める防波堤が決壊したかのように。

 子供達は、先程までの静寂が嘘であるかのように、好き勝手に喋り始めた。

 まるでとりとめが無い。あれやこれや、様々な言葉が飛び交っている。

 しかしその様子は、尋常じゃ無い。

 ある種の恐怖感を覚える程に、討論に熱中している。

 今まで、こんな光景を見たことは、一度たりとも無い。

 新興宗教が教祖について話す時、こんなテンションになるのだろうか。

 そして。

 議論の中心にあったのは、常に『聖鳥様』という言葉だった。

 それが、何を意味しているのか。

 僕には、欠片ほどもわからない。

「せんせーは、どう思ってんだよ!?」

 ふと、数多ある声の中から、ひときわ大きな一つが聴こえた。

 そうだ、覚さんは?

 混沌とした教室の中。

 僕は救いを求めるように、彼女の方に、そっと首を傾ける。 


 ――居た。


 覚さんが、居た。

 

 いや、

 これは、

 チガウ。


 血走っていた。

 目が。

 歪んでいた。

 緩やかな微笑を浮かべるはずの、顔が。

 何より。

 その、白く、爽やかな髪に、何か邪悪なモノが乗り移っているように見えた。

 

 でも、一瞬だった。

 僕の視線に気付いたのだろう。

 瞬きをした間に、覚さんは、またいつもの表情に戻っていた。

 そして、にこやかな微笑を僕に浮かべてから、言った。

「そこまで!」

 ピシャリとした声に、再び教室に静寂が訪れる。

「……明日から慶太君も、みんなと一緒に授業を受ける事になります。今日は、ここまで。気をつけて帰ってね、皆」  

 覚さんの一言を受け、子供達はばらばらと立ち上がり、帰り支度を始める。

 ――不自然なほどに、普通の光景だった。

 小学生の頃、あるいは中学生の頃、毎日見ていたような、そんな光景。

 背筋に、何か冷たいモノが走るのを、僕は感じていた。


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