プロローグ
僕は、平凡だ。
必然、僕を取り巻く全ても、また平凡でしかない。
そんな事は、誰かに言われるまでも無い。
分かっている。
分かっては、いる。
でも、僕は平凡でありたくなかった。
普通の人と違う何かを、熱烈に欲しがった。
例えば。
突出した、才能。あるいは、超能力的な何か。
もし僕にそんなモノが備わっていたら、どんなに良かったか。
きっと、世界は違って見えたのだろう。
退屈で、息が詰まりそうな毎日は、変わっていたのだろう。
でも、僕には無かった。
いくら試してみても、無駄だった。
勉強に励んでみても、絶対に一番にはなれない。
所属していた剣道部でも、僕は居ても居なくてもいい存在だったように思う。
ならばと、部活を引退した僕は、一念発起して、ひたすら絵を描いた。
風景画、人物画、静物画――。
いくつ絵を描いたか分らない。それほど僕は、絵画の世界に熱中していた。
実際、描いている時は楽しかったし、市のコンテストの賞にも、二、三回は入り込んだ。
しかし、唐突に、僕は絵を描く事をやめた。
きっかけは、一枚の絵だった。
同級生が描いた、一枚の風景画。
全国のコンテストで銀賞を受賞したその作品は、僕が考える絵画の常識を遥かに超えていた。
色と色のコントラスト、絶妙な配置、そして感情豊かな筆遣い――。
言葉で説明する事は難しいが、とにかく衝撃的だった。
僕はあんな領域には辿り着けない。辿り着けるはずが無い。そう、思った。
やっぱり、どうやってみても、僕はそういう、頂上に上り詰めるような器では無いのだ。
ただの平凡な人間だと、客観的に自分を見てしまった時。
僕は、自分に絶望を覚えた。
高校に入ってまもなくの、ある日。
道端の犬を、無情にも自転車で跳ね飛ばした友人を、僕は思い切り殴った。
「何すんだよ!? 慶太ァ!」
流石に学校に着いた途端にパンチを浴びせられるとは思っていなかったのだろう。目を怒らせて、彼は抗議をする。
しかし、僕は――腹がたっていた。非常に、ムカついていた。
腹の中でどす黒い、陰鬱とした感情だけが滾り、抑えられなかった。
いや、抑える事をしなかったのかもしれない。
だからずっと、殴り続けた。
許しを請うそいつの姿を見ても、全然心は痛まなかった。
それどころか、少し楽しくもある。
悪い事をしたのだ。
裁かれなければいけない。
誰かがやらなければ、誰もこいつに罰を与えない。
そう思って、殴り続けた。
やがて友人は気絶し、僕は拳をおさめた。
その、後で。
周りの生徒達が、僕を見て、悲鳴を上げている事に気が付いた。
停学処分を受けてから、一週間が経った、その日。
僕は、転校をする事になった。
街に居ずらくなった僕に、父親が、便宜をはかってくれたのだ。
気に入らない父親ではあったが、これには感謝しなければいけないだろう。
転校先の学校の名前は、久手月村にある久手月校。
聞いたことも無い名前だったが、別にどこでもよかった。
「仕事を片付けたら、俺もそっちに行く」
そう言われ、一枚の切符を渡された。
友人への挨拶や、隣人への感謝の言葉。
そんなモノは一切無しに、僕は逃げるように、元居た街を背にして、電車に乗り込んだ。
久手月村へと向かう電車に揺られながら、僕は果てしないほどの虚無感を抱いていた。
どうにもならないほどに平凡な毎日。
それが僕の中にたまり、汚泥を造り上げたんだと思う。
僕は、自分からアクションを起こせば、何かが変わると思っていた。
勉強を一生懸命にしたり、部活動に精力的に励んだり、絵画の世界に飛び込んだりと、そういう、アクションを。
それでも、何も変わらないという現実。
――まぁ、これから僕を取り巻く環境は、少しは変わる事になるだろう。
しかしそれは、付き合う友人の顔や性格が変わったり、通学する手段が変わったり、住まう場所が変わったり。そんな、環境の変化に過ぎない。
僕が、内面的に変わる訳では無いのだ。
僕が求めたモノ。
もっと違う、何か。
答えの出ない問いだろうか?
馬鹿らしい、ただの『思春期の少年少女にありがちな事』なのだろうか?
そんな事で頭がいっぱいだった僕は、すぐ目の前に立っている少女に気がつかなかった。
「へぇ……、君。面白い事考えてるね」
「……?」
薄い香水の匂いと、不意の声に、僕は、一瞬言葉が出なかった。
「ここ、座っていい?」
「え、あ、いいですけど……」
僕の隣の座席は空いていた。いや、というよりも、ほとんど全ての座席が空いているのだが。
そこに、一人の少女が腰を下ろす。
可愛い。
先程まで抱いていた鬱憤が、ほんの少しだけ晴れたような気がする。
真っ白な髪をかきあげながら座る仕草は、なんだか艶かしかった。
同い年ぐらいだろうか。ちょっと年上かもしれない。
メールアドレスを交換しなければ。
――いや、そんな事よりも。
「……面白い事?」
「そう。平凡なのが、そんなに嫌?」
「……だって、他の人と同じなんて、つまんないじゃないですか?」
少女は頷く。
「うん。でもね、それが幸せだと思う時が、きっと来ると思う」
その言葉に、僕は過剰に反応した。
自分を、否定された気がしたから。
「……何で、分かるんですか。そんな事」
「私が、そうだから……かな?」
「君は、普通じゃないっていうのか?」
少々激昂している僕に、少女は少し首を傾けた。
そして、なにやら考えた後で。
「……まぁ、それはおいおい説明する事にしましょうか。もうすぐ、着くから」
「え?」
「瀬川慶太くん。久手月村にようこそ」
少女の言葉に促されるように、窓の外を見る。
すると、古びた木製の看板が立っていた。
それには『久手月村』と、赤いペンキで殴り書かれてある。
鮮明な赤と、薄汚れた木の色は複雑に混じりあい、まるで、その文字は、血で書かれてあるように見えるのだった。




