第98話『聖夜の告白』
「ハッピークリスマス!」
「「「ハッピークリスマース!!」」」
掛け声が重なり合い、カチャンカチャンとコップ同士がぶつかり合う音が響く。
颯恋の何の面白みもない挨拶から始まったクリスマスパーティーはなかなかの賑わいを見せていた。
去年はまともに参加しなかった俺も、今年からはちゃんと参加していた。
普段集まって遊んでいたホールはクリスマスの飾り付けで埋め尽くされ、その中心には天井に届くくらいの大きさのもみの木が置かれている。
「なぁ結菜。あれって本物か?」
「……どうでしょう? 本物なら本物ですごいとは思いますけど。あれは偽物だよ、多分。というより、去年はどうだったの?」
「去年の俺はクリスマスパーティーに参加していないに等しかった」
「なるほど。暗黒時代ですね、分かる」
「全然分かってないだろ……。つか腹減ったな。バイキング的な感じになってるし、先に一人暴走している優香を見習って俺たちも何か食おうぜ」
乾杯と同時に食事にたかった優香の持つ取り皿には既に大量の料理が乗せられていた。
あれだけの量を食い切れるのかと思ってしまうだろうが問題ない。優香はああ見えて俺たちの中で一番食べる。
秋にやった焼き芋パーティーの時も恐ろしいばかりの食欲を俺たちに見せつけてきた。
暴走する優香の隣にはいつも通りれんの姿もある。
れんの皿は優香と違ってスッキリしたものだった。
肉系統しか乗ってないように見えたのはきっと俺の見間違いだろう。
「早くしないと優香さんに全部食べられてしまいそうですね。僕たちも行こ、隼人」
「だな」
取り皿を受け取って適当に料理を乗せる。
どの料理もとても美味しそうで、見ているだけで涎が溢れそうになる。
「――ふっふっふー。美味しそうって思ってるでしょ! そうなんでしょ? いやー……照れるなぁ。そんなに褒めても何も出ないよ!」
「……俺はまだ一言も喋ってないんだが。妄想で俺と話すのはやめてくれないか颯恋……」
脳天気な一人寸劇を繰り広げる颯恋に振り返る。
クリスマスにちなんで、颯恋の格好はサンタさんだった。正直かなりレベルが高い。めっちゃ可愛い。喋ったら残念だけど。
「ハッピークリスマスだよ! はーくん!」
「ハッピークリスマス、颯恋。その膨らんだ袋の中には何が入ってるんだ?」
パンパンに膨らんだ白い袋。
サンタさんお馴染みのプレゼント袋だろう。軽々と担いでいるから中身はおそらくプレゼントじゃなくて形を整えるようの綿に違いない。
「ああこれ? そんなの決まってるよ! 夢と希望がたくさん詰まってるんだよ!」
「颯恋……。現実を見ろよ。夢とか希望がそんな袋に入ってるわけないだろ。大方、綿でも詰めているんじゃないか?」
「はーくん……。夢を見ようよ。その発言はあまりにも夢がないよ。はーくんくらいの年齢ならもっと夢を見るものだよ?」
「いやだってな……その袋、あまりにも綺麗な丸過ぎるんだよな。プレゼント入ってるならもうちょい角張ってるだろ? 触ってみてもいいか?」
言いながら手を伸ばすと、颯恋は俺の手をパシッと掴んで静かに首を振った。
「甲種危険物取扱者の資格はお持ちですか?」
「逆にその資格が無いと触れられないようなものをクリスマスパーティーに持ち込まないでくれよ。というより颯恋だってそんな資格持ってないだろ」
「大丈夫。胸の中ではちゃんと取得してるから問題ないよ」
「どの辺が問題ないのか簡潔に説明してくれるとありがたいな。俺の中では問題しかないんだ。もしかしたら目の前に犯罪を犯している人がいると思うと、今晩は寝れないかもしれない」
「ならどうして問題ないのか簡潔に五文字で説明してあげるよ」
無駄にキメ顔を作って、担いでいた袋を俺の前にどんと置く。
どん。という擬音語を使ったわけだが、それはあくまで表現であって、実際の音は、ぽふっという実に軽い音だった。
もうこの時点で色々とお察しなわけで、俺はもう真面目に颯恋の言葉に耳を傾けるつまりはなく、取り皿に乗せた唐揚げを一つ摘んだ。
「中は綿! はい五文字!」
「帰れ」
「ここが私の家なんだけどな!?」
開けた袋の中に見えたのは宣言通り綿だった。
ぎっちりと詰まった綿が、ふわふわの綿あめだったらなと思ってしまう。
「なんだか目を離したうちに馬鹿げた会話を繰り広げていますね……」
「あ、ゆーちゃん! ハッピークリスマスだよ!」
「ハッピークリスマスです。それで、何を話していたの?」
「聞けば聞くほどくだらないから詳細は聞かないことをオススメする」
「そ、そうですか。隼人がそう言うなら何も聞かない事にするよ」
言いながら結菜は料理を口に運ぶ。
優香と同じで肉系統しか皿に乗っていない。
もっと野菜も食おうぜ?
「あ、颯恋さんも何か食べる? 食べるなら適当に取ってくるけど」
「食べる食べる! 今日は二人のところにいようかなって思ってたから!」
「へぇ? 珍しい。他の子ども達はいいのか?」
「……大丈夫だよ。今日という日を二人と過ごすために、日頃、他のみんなのところに行っていたんだから」
「そうなのか」
ほんの一瞬、颯恋の目が泳いだ。
颯恋にしては珍しいミスだった。
普段なら人の心配を煽るような事には細心の注意を払っているというのに。
颯恋の視線が泳いだ先を見る。
そこにいたのは数名の子ども達と、優香とれんだった。
この中の誰かに一瞬意識を向けた。
それに何か意味があるのだろうか。
夏の終わりは虚しさを残した。
秋の終わりは寂しさを残した。
ならば冬の終わりは?
冬の終わりは俺たちに何を残すのだろうか?
「颯恋さん、何食べますか?」
「んー……お肉かな? ゆーちゃんみたいにいっぱい欲しい!」
「分かりました。じゃあ適当に取ってくるよ」
「ありがとねー!!」
颯恋の瞳はもうあちらには向けられていなかった。
俺にはそれが辛い現実から目を背けているようにしか見えなかった。
普通ならばこんなふうには思わないのかもしれない。
けれどあの一瞬に颯恋が見せた表情は刹那の事では済まされなかった。
颯恋の苦しげな表情は永遠となって俺の脳裏に焼き付けた。
なぁ颯恋。颯恋は一体何を隠しているんだ?
その笑顔の仮面の裏に――何を隠しているんだ?
なぁ颯恋。俺は怖いよ。
いつか、颯恋が俺の前からいなくなってしまうのが怖い。
考えてみれば俺は颯恋の事を何も知らない。
それが余計に不安を駆り立てる。
「――怖い顔してる。どうしたの? 料理、美味しくなかった?」
気がつけば颯恋が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「悪い。少し考え事をしていただけだ。料理、めっちゃ美味しい。やっぱり颯恋の料理は最高だな。この唐揚げなんて絶品だ。サクッとした衣を破ると、中から溢れてくる肉汁がまた――」
「――大丈夫だよ」
「……えっ?」
その言葉に、無理矢理作っていた笑顔がバラバラと崩れ去った。
瞳に映り込んだ颯恋は優しく微笑んでいた。
安心できる笑顔。俺は颯恋のこの笑顔に何度も助けられてきた。
「はーくんが何を怖がっているのか分からない。私はお姉ちゃんであって、神様ではないからね。人の心を読めたりはしない。だからちゃんと言葉にしてくれないと分からない。伝わってこない。言いたいことがあるなら言ってくれてもいいんだよ? 遠慮なんてするような関係じゃないと思うんだけどな」
颯恋は優しい。
あまりにも優しすぎる。
だからその優しさは時に、鎖となって俺の胸を締め上げる。
聞いてもいいのか?
何を隠しているんだって聞けるか?
それを聞いたら、今まで築き上げてきたものが何もかも崩れてしまうような気がした。
人と人との関係は脆いものだ。
親子の関係ですら簡単に壊れてしまうのだから、血の繋がってない他人との関係なんて脆いどころの問題ではない。
孤児である俺にとって、失うということは、他のどんな事よりも耐え難いもの。
それに今の俺は誰かを信じる事の意味を知ってしまった。だから怖かった。いくら何か遠慮をするような関係じゃなかったとしても、もしも万が一の事を考えたら怖くてたまらなかった。
「はーくん。難しく考えなくてもいいんだよ。怖がらなくてもいいんだよ。はーくん、何がそんなに不安なの?」
「……不安なことなんて、一つしかない」
「はーくん……?」
聞くな聞くな――と、頭で囁く声がする。
でもそれとは正反対に、聞いてしまえと囁く悪魔の声もあった。
どちらの言葉に耳を傾けるのが正解?
それか分かれば苦労しない。こうして悩んだりなんかしない。
「――またまた、今度は何の話をしているんですか?」
「結菜……」
颯恋の分の料理を取りに行っていた結菜が戻って早々首を傾げていた。
ネタのつもりで山盛りに乗せられたフライドチキンの皿を颯恋に手渡すと、結菜は空いた手で俺を引っ張って行く。
颯恋に会話が聞こえない程度の距離まで移動すると、颯恋の方を気にしながら声を潜めて話しかけてくる。
「僕がいない間に何を話していたんですか。明らかに何かあったよね」
「……何を隠しているんだ?」
「え?」
「颯恋は俺たちに……何を隠しているんだ?」
結菜は目を丸くする。
「颯恋さんが僕たちに隠し事……ですか。唐突だね。どうして急にそんな事を?」
「結菜も気づいているんじゃないのか」
「……」
「ほらな、やっぱり。さっきの些細な行動は颯恋にとって完全にミスだった。俺たちは人の変化に敏感だから嫌でも気づいてしまう」
あの瞬間、颯恋は確かに何かを気にした。
でなければあんな見え見えの態度を取ることはなかったはずだ。
「確かに気づきました。でも流石に考え過ぎじゃない? たまたま偶然れんさん達の方へ視線を移しただけ。そこには何の意味もない。それでいいじゃん。ほら、戻ろう隼人。颯恋さんが捨てられた子犬みたいな目してる」
「……そうだな」
寂しそうにフライドチキンを咥えている颯恋の元へ戻る。
山盛りのフライドチキンは半分以上無くなっていた。
「仲間はずれは悲しいなー。お姉ちゃん泣いちゃうよ? もぐもぐ」
「フライドチキン食べながら言っても何の説得力もありませんよ……」
「それで、お話は終わったのかな?」
「……この話、続けるんですか」
「うん」
俺も、結菜も、颯恋からは話を振ってこないと思っていたから、正直言って驚いた。
俺たちが返答に迷っていると、颯恋のほうから口を開いた。
「続けるよ。続けないといけないから。いつかは話さないといけない事だと思っていたから」
いつになく、颯恋の目は真剣だった。
それほどまでに今から話そうとしていることは重大な事なのだろう。
辺りの喧騒が耳から離れていく。
俺と結菜の意識は颯恋の元へと吸い寄せられているようだった。
目の前には颯恋しか映っていない。他の何もかもが今は邪魔なものとなって視界からシャットアウトされる。
「私にとってみんなは家族なんだよ。みんなみんな大切な家族。そして同時に、私はみんなのお姉ちゃんなんだよ」
何故そんな事を今更?
これから話すことに何か意味があるのか?
「お姉ちゃんはみんなに平等じゃなきゃならない。誰か一人を贔屓するような事をしちゃいけないんだ」
「……何が言いたいんだ? 颯恋が何を言いたいのかさっぱり分からねーよ」
「ごめんね。回りくどかったよね。うん。じゃあもう……きっぱりと話しちゃうね。私がみんなにしていた、たった一つの隠し事」
すーはー、と深呼吸をして、颯恋はまっすぐに俺たちを見据えた。
「私にはね、この場所に、この施設に――本当の家族がいるんだよ」
それはあまりにも衝撃的な事実で、俺も、結菜も、口をポカーンと開けて颯恋を見ることしかできなかった。
「たった一人の家族。私の大切な妹がこの施設にいる。みんなのお姉ちゃんでいるためには、妹の事を贔屓するわけにはいかなかった。妹だって私の事を本当のお姉ちゃんだって知っている。けれど、私がみんなのお姉ちゃんで在り続けるために妹はずっと我慢してきた。今だってそう。きっと甘えたいと思ってる。でも我慢し続けている。私の為に自分を押し殺している。私はもう……それが嫌なんだ。みんなのことだって大切だよ。でもね、たった一人の妹が我慢し続けているのを見るのはやっぱり辛いんだよ。胸が苦しい。あの子にはちゃんと友達がいる。それだけは本当に良かったと思っている。もしいなかったら、きっと贔屓しちゃう」
颯恋の言っている事は、半分理解できたけど、もう半分は全く理解することができなかった。
「……なんで贔屓するのがダメなんだよ」
「私がみんなのお姉ちゃんだからだよ」
「みんなのお姉ちゃんだから、本当の家族を贔屓しちゃいけないのか?」
「うん。ダメだよ」
「……」
なんで? どうして?
頭の中で様々な疑問が飛び交う。
やっぱり颯恋の言っている事は理解出来なかった。
「颯恋さん……僕は颯恋さんの言っている事がさっぱり理解できません。確かに颯恋さんに妹がいるってことには驚いたし、少しだけ嫉妬もした。だけど……実の家族を放置するなんて納得出来ない。家族なんだよ? 少しくらい贔屓したってバチは当たらない。僕たちには贔屓する家族すらいないんだよ? いるだけ幸せじゃん……」
「結菜ちゃん……」
「それで? まだ肝心な事を言っていませんよね。颯恋さんの妹ってのは優香さんとれんさん。どっちなんですか?」
やはりその二択になるわけか。
答えを聞くべく、俺は颯恋を見つめる。
「私の妹は……」
颯恋の瞳が動いた。
ピタリと止まった視線のその先。
そこにいた彼女を見て、俺は心の中で、ああやっぱりと呟いていた。
「私の妹は――れんちゃん、だよ」
to be continued
心音です。こんばんは。
サブタイトルを見るとあれですね、いい感じの雰囲気を想像しますけど、現実は甘くないです。
少しずつ、あの事故の日が近づいてきます。
隼人、結菜、れん、優香、そして颯恋。
この五人の関係性がどうなるのか。
それでは次のお話でお会いしましょう




