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恋と約束の交響曲  作者: 心音
過去編
100/122

第99話『姉妹の絆』


「……やっぱり。と言うべき何でしょうか。なんて言うかもう、想像していた通り過ぎてどう反応すればいいのか分からないよ……」


れんが颯恋の妹――。

俺と結菜だって、たまたま偶然気づいたに等しい。事情を何も知らなければ、れんが颯恋の妹だと疑うなんて馬鹿げた事をする輩はいない。


「というより……やっぱり分かりません。隠す必要なんて無いじゃん。なんでそこまで拘るの? そこまでして……みんなのお姉ちゃんである必要はあるの……?」


「颯恋。俺も結菜と同じ意見だ。間違ってる……とまでは言わないが、あまりにもれんが可哀想だろ……。俺たちの事を想ってくれるのは純粋に嬉しいさ。だけどそれで実の妹を疎かにしてしまうのは訳が違うと俺は思う」


俺と結菜の意見を静かに聞いていた颯恋。

口を閉ざしたままの無言の状態が続く。

俺たちの言葉は颯恋には届かなかったのだろうか?


天井の青白く光る蛍光灯が照らし出す颯恋の表情にあまり変化は見られなかった。

怒って黙っているというよりは、言葉を探しているように見える。

だから俺も結菜もそれ以上口を挟む事が出来ず、颯恋から口を開いてくれるのを待つしかなかった。


無言の時間は焦りと不安を募らせる。感情豊富な人が真顔で考え込んでいると尚更だ。

余計なことを言ってしまったのではないか。

何でもいいから喋ってくれないと心が発狂してしまいそうだった。


「――えーっと、ごめん。お取り込み中かな?」


「……優香」


沈黙を破ってくれたのは俺たちを心配してこちらにやってきた優香だった。

その隣にはもちろんれんの姿もあり、目をぱちくりさせながら俺たちの顔色を伺っている。


「どうしたの? 何かあった? 周りの色と明らかに違うよ。あっちを黄色とかオレンジで例えるなら、今の隼人っち達の色は黒に近いグレーだよ?」


人を法に触れるか触れないかギリギリの犯罪を犯した人の色扱いにしないで欲しいのだが、逆に行ってしまえば、それだけ俺たちの周りの空気は消沈しているということなのだろう。


「本当にどうしたんですか……。颯恋さんもらしくないです。こういう時一番楽しんでいないといけないのは颯恋さんじゃないですか」


この話の当事者となっているれんも、事情が分かっていないからそんな事を言ってくる。


「四人ともさ、ちょっと場所を移そうか? ここじゃ少し……話しづらいからね」


「え? 私とれんっちも? またまたどうして? 隼人っちと結菜っちだけの秘密の話じゃなかったの? よっ! 三角関係! 修羅場は怖いね!」


「違うよ」


「……ッ」


暗い雰囲気を笑いで吹き飛ばそうとしていた優香だったが、颯恋から発せられた深海から浮き上がってくるような冷たい言葉にたじろぎ、息を呑む。

優香の作った笑顔は仮面を剥かれるように呆気なく崩れ、戸惑いの表情だけがそこに残っていた。


「颯恋さん……? 隼人さんと結菜さんに一体何の話をしたって言うんですか……? まさかとは思いますけど……あの事を言ったんじゃないですよね?」


「……れんちゃん。もういいよ。この三人の前なら構わないよ」


「何が……構わないって言うんですか」


「私がれんちゃんの本当のお姉ちゃんだって事、バラしちゃったから。だからもう私の事をさん付けする必要はないんだよ」


「……えっ?」


その声はれんからではなく、優香から。

目を丸くして優香はれんを見つめ、れんはそんな優香の視線から逃げるように目を逸らした。


「……なんで……どうして、話しちゃったんですか!!」


床に向けて発せられた声は想像以上に響いた。

部屋全体を包んでいた喧騒が嵐の前の海のように静まり、誰もが例外なく俺たちのことを見ていた。


「……場所、変えようか」


「……はい」


嵐が起きたら他の関係ない人達まで巻き込んでしまう。

巻き込んでしまったらもう、それは竜巻のように様々な感情が巻き上がり、言葉の暴風となって誰かの心に確かな爪痕を残すことになる。


言葉は人間の誰しもが持つ武器だ。

言葉は一つで相手を喜ばせたり、笑わせたりできる反面、たった一言で相手を傷つけることだって容易に出来てしまう。

心に負った傷は、身体に負った傷と違って簡単に癒えることは無い。深ければ深いほど相手を痛めつけ、夜も眠れないほどの苦しみを与える。

精神的に傷つけられるということは、肉体的に傷つけられるのとは訳が違う。


職員の人に声をかけてから俺たちは部屋を後にした。

それまで静まり返っていた部屋も、俺たちがいなくなると元の賑やかさを取り戻していた。

直前に職員が何か叫んでいた。きっと気を利かせて何か言ってくれたのだろう。


暗い廊下を誰も一言も喋らずに歩く。

暖房の無い廊下はかなり冷え込んでいた。

あたたまっていた身体はすっかり冷えきってしまい、寒さに震える。


でもそれ以上に心の方が寒かった。

こんな気持ちになったのは初めてで、俺はどうすればこの寒さが無くなるのか分からなかった。


寒い。すごく寒い。

早くこんな気持ちは捨ててしまいたい。

だったら俺は何をすればいい? 何が出来る?

この状況を打破したいのであれば自分から動く以外に方法は無いだろう。


まずは何をするべきか。


まずは知る必要がある。


颯恋とれんのことを知らねばならない。


「――ここでいいよね?」


颯恋が選んだのは俺たちがいつも寝起きに使っている部屋だった。

部屋の中は廊下ほどではないが寒い。

暖房の電源を入れると、独特の機械音と共にあたたかい風が送られてきた。

部屋はそれなりに広いから全体があたたまるのにはまだまだ時間がかかる。

俺たちは暖房のすぐ下に座布団を並べて円を囲った。


「さて、やっぱり最初から話した方がいいのかな?」


「そうですね。未だに状況を理解していない優香さんのためにも、最初っから話してください。僕自身……ちゃんと聞きたいし」


「分かった。はーくんも、それでいい?」


「ああ、異論は無い。もう一度ちゃんと聞かないと見えてこないものもあるからな」


「見てくるものなんて、隠し続けてきた事実だけだよ。事実は変えられない。はーくん、何か考えているみたいだけど、きっと無駄になるだけだと思うよ」


「そんなのは聞いてみないと分からないだろ」


「……まぁいいけどね」


颯恋はこの話の決着をどうつけるつもりでいるのだろうか。

ここまで言ったのなら、うやむやにして終わらせるという事はないと思うが、先の見えない道を歩いているようで終着点が見えない


「折角のクリスマスだからね。あまり長話をするつもりはないよ。だから前置きをダラダラと話す気もない。れんちゃん、こっち来て」


「……はい」


颯恋の隣にれんが並ぶ。

こうして並んでみると二人の姿は確かに似ているところがあった。

目元の形。前髪のなびく向き。普段なら絶対に気にすることのない些細な仕草――。

見れば見るほど二人が実の姉妹であると印象付ける。


「さっきも言ったとおり、れんちゃんは私の妹だよ。血の繋がった本当の家族。ほら、れんちゃんも」


颯恋に促されると、しぶしぶといった感じにれんは口を開いた。


「颯恋さん……いえ、颯恋お姉ちゃんの言う通り、わたし達は、姉妹です……」


声が震えていた。

真実を黙っていたことを、俺たちが怒っているとでも思っているのだろうか。

もしそうならば勘違いも甚だしい。


「今まで黙っていてごめんなさい……」


「お、おい。やめろって……」


土下座でもするように深々と頭を下げるれん。


「やめません……。わたしはみんなを騙すようなことをしていました。謝るのは当然の義務です……」


「義務って……おかしいだろ、そんなの。それに俺たちは別に怒っていない。怒る理由が無い。れんが颯恋の本当の妹ってだけだろ? 俺は颯恋とれんがなんでそんな事を気にしているのか本当に分からないんだ」


「それは言ったはずだよ。私がみんなのお姉ちゃんでいなければならないから。理由なんてそれだけなんだよ、はーくん」


「だからそれが分からないって言っているんだよ!!」


「隼人、落ち着いてください」


結菜が俺の手を掴む。

冷静になって欲しいという意思表示。

けれど俺の荒ぶった感情はそれっぽっちの事では静まるはずがなかった。


「これが落ち着いていられるかよ!! 結菜だって本当はぶちまけたい事があるんじゃないのか!?」


「ええ。あります。あるとも。でもまずは落ち着いて隼人。ここはあくまでも話し合いの場。感情的になってはいけない。言い合いをするのは構わないと僕も思う。でも冷静にならないとまともな言い合いにすらならない。そうじゃない?」


「……っ」


結菜の言う通りだった。

感情に流されてはいけない。

感情的になった言い争いは惨めなだけだ。


「……悪かった」


「分かってくれたのなら問題ありません。僕たちらしい言い争いをしよう」


ふぅーと、息を吐き気持ちを入れ替え、頭をクールダウンさせる。

だいぶ落ち着きを取り戻してはいるが、この後の話次第ではまた感情が爆発してしまうだろう。

だからもしそうなったらごめん、結菜。


「教えてくれ、颯恋。みんなのお姉ちゃんでいる事にこだわる理由は何なんだ?」


「私はね、みんなに幸せな毎日を過ごして欲しいんだ。私はみんなが幸せになる為の手伝いをしたい。その為にはまず、誰からも頼られる存在になる必要があったんだよ」


「それが……みんなのお姉ちゃんになるということなんですね」


「うん。私はみんなの中で一番年上だったからちょうど良かった」


颯恋は胸に手を当て、語りかけるようにゆっくりと話を始める。


「みんなを幸せにする為の最初の行動は、ひとりひとりの信頼を得ることだった。信頼がなければ何も切り拓く事はできないからね。結構苦労したよ。でもみんなの為にって思ったら頑張れた」


「だから颯恋さんは私たちに必要以上に歩み寄る時があったんだ。納得したよ」


優香の言葉に俺たちも頷く。

ちらりと颯恋が俺の方を見た。

おそらく、一番苦労したのは俺だったんだろうなと、何となくだが察した。


「みんなの信頼を得たあとは、どうすればみんなが楽しい一日を過ごせるか、どうすればみんなが幸せな日常を得られるかを考えた。そして一番に思い浮かんだのは笑顔になる事だった」


「颯恋らしいな」


そう思いながらも、俺の中で一つの疑問が大きくなってきていた。


「私は毎日笑顔を絶やさずにみんなと接した。そうすることで少しずつ、少しずつ、みんなにも笑顔が増えていった。そして今はもう笑顔の絶えない明るくて楽しい毎日を過ごせるようになった。幸せになっていた」


きっとこれは聞かねばならない事だった。

だから先延ばしにはせず、俺は今それを聞くことにした。




「なぁ、颯恋。その幸せの中に……お前は入っているのか?」




それは当然の疑問だった。

颯恋はみんなことだけを考えていて、自分のことは何も考えていない。


それともう一つ、俺には疑問に思ったことがあった。

でもそれを言う前に、颯恋が口を開いた。


「私の事はどうでもいいんだよ。私はみんなの為になれるのであれば、それで十分だから。他には何も望まない」


プツンと、俺の中で何かが切れる音がした。

抑えきれなくなった感情が溢れてくる。

ごめん、結菜。やっぱり冷静でいることは出来なさそうだ。


「みんなの中に、颯恋、お前自身がいなかったら、それはみんななんて言えないだろ」


「隼人、ダメです。落ち着いて」


口調の変化を敏感に感じ取った結菜が俺を止めるべく手を絡めてきた。


「いいや結菜。これは一度真剣にぶつかり合わないといけないことだ。だから今は止めないでくれ。俺自身、もう言わないと抑えきれなくなる」


ぶつかり合わないと分からない事だってある。

それが今だった。


「みんなの為になれるなら他は何も望まない? ふざけんなよ。偽善者ぶってるんじゃねぇ!! 颯恋がやってることは俺たちの為でもあるけど、ただの自己満足だろ!!」


「自己満足……? 違う……。自己満足じゃない!! 私は本当にみんなが幸せならばそれでいい!!」


自己満足という言葉が許せなかったのか、颯恋も声を荒らげる。


「私はみんなが毎日楽しく笑っていてくれればそれでいいの!! みんなの毎日が幸せなら、私だって幸せなんだよ!!」


「だったら聞くけどよ!! 本当にみんなが幸せだと思っているのか!?」


「思ってるよ!! だってそうでしょ!? みんな毎日笑顔でいる。元気いっぱいに遊んでる。幸せな毎日を過ごしている……!!」


「本当にそう思ってるなら颯恋はバカだ!! 大バカだよ!!」


「私はバカじゃない!! それにはーくんだって分かるでしょ!! 今のみんなを見ていれば分かるでしょ!? 」


「だったら聞くけどよ!! 颯恋はれんの気持ちを考えたことがあるのかよ!!」


「なっ……」


「実の姉に構ってもらえない。みんなの為とか言って姉妹である事を隠し続け挙げ句の果て贔屓するのは良くないからと言って突き放していた!! れんが……れんがどれだけ寂しい思いをしているのか颯恋は分かっているのかよ!! 本当にれんが幸せだと思っているのかよッ!! 姉妹なんだろ!? 俺たちの事を考えてくれるのは嬉しい。けれど、一番に考えるべき事は本当の家族の事だろ!! 颯恋はみんなの幸せを優先して実の妹を蔑(ないがし)ろにしている!! それで本当にみんなが幸せなのかよ!! そのみんなの中にれんがいないのなら、それはみんななんて言えないだろッ!! なぁ、か、れん……?」


言いたい事をすべてぶちまけて顔を上げると、颯恋は泣いていた。

颯恋の泣いている顔なんて見るのは初めてで、俺は言葉を失ってただ呆然と見ていることしかできなくなった。


「れんちゃんは……ずっと、ずっと……我慢してたの?」


れんに向けられたその言葉。

数秒間の沈黙のあと、れんは重たい顔を上げて颯恋を見た。


「――ずっと……我慢してきました」


そして己の心の奥底に秘めていた事を明かした。


「お姉ちゃんに、わたしが本当の妹である事を隠すように言われた時、本当に悲しかったです。嫌だ。隠したくない。そう叫びたかった……。けれどそんな事を言ってしまったらお姉ちゃんの事を困らせることになる。我侭は言えなかった……。だからわたしはみんなの為に頑張るお姉ちゃんを応援することにしました。すごく悲しくて、すごく辛かったけど、我慢しました。きっといつかはわたしのことを見てくれると、信じていましたから……」


「れん、ちゃん……ごめん、なさい……!!」


「お姉……ちゃん?」


颯恋はれんのことを抱きしめていた。

辛いを思いをさせてごめん。もう絶対に離さないから。そんな想いを込めて颯恋はれんのことを強く抱きしめる。


「私はみんなことだけを考えていて、れんちゃんの気持ちなんて考えていなかった……!! お姉ちゃん……失格だよ、こんなの……。私は周りのことだけを見ていて、目の前の大切なものから目を逸らしていた……。ごめんなさい……ごめんなさい、れんちゃん……」


「いいですよ……もう、過ぎたことですから。でもその代わりと言ってはあれですけど、今日からはわたしの事も見て欲しいです。できれば……お姉ちゃんの妹として、見て欲しい……。そうすれば私は幸せです……っ」


「うん、うんっ。これからはれんちゃんの事もちゃんと見る。れんちゃんを含めたみんなが、幸せになれるように、お姉ちゃん……頑張るからね……っ」


二人は抱き合ったまま泣いていた。

俺にはそれが美しい光景に見えていた。

これが本当の家族なんだなと、実感することができた。


「一件落着かな。私たち結構おじゃま虫だったり?」


「かもな。けれど……もう少しだけ、この光景を見ていたい気分だ」


「隼人っちは性格悪いなあ」


「そういう優香だって、さっきから視線が釘付けじゃんか」


「いやいや、それを言うなら結菜っちもだから」


「そりゃ僕だって気になりますから」


俺たちは幸せそうな二人を見て笑いあった。


幸せの形は人それぞれだ。

颯恋とれんの幸せの形はまさにこれなのだろう。

離れかけていた絆が繋がる。

その瞬間に立ち会えた俺たちは実に運が良かった。


「――なんだかごめんね。泣いちゃったりして」


しばらくして、颯恋は申し訳なさそうに頭を下げた。


「別にいい。それよりも、ちゃんとれんのことを見てあげろよ?」


「もちろんだよ。たった一人の大切な妹だからね」


繋いだままの手を見て、颯恋は愛しいものを見るように微笑んだ。


「れんっちも良かったね」


「はい。わたし、お姉ちゃんの事大好きですから」


「れんが少しだけ羨ましい」


「羨ましがってもお姉ちゃんは譲りませんからね、隼人さん」


「分かってるっての」


すっかり明るい雰囲気になっていた。

暗い雰囲気なんかよりも全然いい。

冷えきっていた部屋も、暖房のおかげでだいぶ快適になっていた。


「ああ、そうだ。みんなには言っておこうと思っていたことがあったんだ」


「?」


「えーっとね、多分ものすごく驚くと思うんだけど、れんちゃんが本当の妹だって気付かれない為にもう一つだけ隠していることがあったんだよ」


「隠していること……ですか? しかも僕たちが驚くような?」


「うん。えーっとね……れんちゃんの名前って、れん。じゃないんだよ」


「は?」


素でそんな声が出た。

結菜も、優香も、流石に驚いたようでどう言葉を返すべきか迷っていた。


「まぁ当然の反応だよね。んと、れんって名前も十分あれだけど、私たちの名前って本当に似ているんだよ」


颯恋は声を潜めて、ほんの少しだけ俺たちの方へ近づいた。


「れんちゃんの本当の名前は――」



to be continued

心音です。こんばんは。

颯恋とれんは無事に仲直りする事ができました。

隠し事のなくなった隼人たちは新たなる絆を繋ぐことになったでしょう。


今回のお話で一番気になるのはおそらく最後でしょう。


今後の話がどう動くのか。

あの事故が起こるまでのカウントダウンはもう始まっています。


それでは次のお話でお会いしましょう。

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