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恋と約束の交響曲  作者: 心音
過去編
98/122

第97話『一人ではないこと』


クリスマス――。

それは年に一度しかない特別な日だ。

恋人や家族と過ごす日だと思っている人が多いが、実際のところキリストの誕生日というのが正しい。

知っていたところでキリストの誕生日を祝うことなどしないわけだが。今は亡き人の誕生日を祝うなど無意味にもほぼがある。お線香の一本や二本立てた方がキリストとて喜ぶに違いない。


施設ではクリスマスパーティーの準備が着々と進められていた。

クリスマスをイメージした赤や緑などの折り紙で飾りを作ったり、スノースプレーと型抜き代わりの紙を使って窓に模様を付けたりと、子どもたちは揚々と飾り付けに励んでいた。


がらんとした食堂に足を入れる。

広い空間にたった一人立つのは寂しいものがあった。

キッチンの方からは美味しそうな匂いが漂っている。

確か颯恋はこっちでディナーの準備をしているはずだ。


「――あれ? はーくん?」


顔を覗かせると思いのほかすぐに気づかれてしまった。

ジャガイモの皮を剥いていた颯恋は包丁をまな板の上に置くと、パタパタとこちらに駆け寄ってきた。


「どうかした? 飾り付け行き詰まっちゃった?」


「いや、そんな事は無い。問題なく進んでるはずだ」


俺は飾り付けに参加していないから分からんが、あの様子なら特に問題は無いだろう。


「それより颯恋はジャガイモ使って何を作ろうとしていたんだ?」


「ホワイトシチューだよ。クリスマスの定番メニューだね」


調理台をよく見てみると、レトルトのシチューのルーが小さめのボウルに山積みになっていた。

人参や鶏肉にはまだ手を付けていないらしく、そのままの状態で放置されている。

邪魔をするのは良くないだろう。


「それじゃ颯恋、俺は戻るよ。美味しいディナーを期待してるからな」


「ふふっ。お姉さんに任せなさい。あまりの美味しさで私無しでは生きていけないようにしちゃうよ!」


「ああ、それなら大丈夫だ」


颯恋に背を向ける一瞬、気づくか気づかないかギリギリの笑みを俺は作った。

颯恋はそれに気づいていないようで、背中越しに戸惑うような感情を読み取ることができた。


「ありがとう、颯恋」


「えっ? あ、うん? 私何かお礼を言われるようなことしたっけ?」


「いつもしてるよ。それじゃ頑張ってくれ」


「う、うん……。また後でね」


戸惑い気味の颯恋送り出され、俺が次に向かったのは屋上だった。

ドアを開けると肌を刺すような冷気が襲ってくる。相当着込んでいるはずなのに寒さがダイレクトに伝わってくる。


見上げた空は今にも泣き出しそうだった。

それはまるで俺の心情を表しているようで余計に悲しくなる。

朝方はまだ日が差していたのだ。けれど時間が経つにつれて、太陽は隠れていき、分厚い雲で空全体が覆われた頃には俺の心もどんより曇り模様だった。


「……さっむ」


誰もいない屋上にいても意味がない。

長時間外にいたら風邪を引いてしまいそうだった。


「……」


カツンカツンと階段に反響する音が虚しい。

微かに聞こえてくるクリスマスパーティーの準備をする子ども達の声が耳障りだった。


施設内を徘徊し始めてから二時間近く経とうとしていた。

体力面ではまだまだ余裕があるのだが、精神面は猫が遊んだ後のティッシュのようにズタボロだった。


「……なんでだよ。こんなのおかしいだろ……。絶対に無理だ……」


弱音が漏れてしまう。

正直覚悟はしていたが、ここまで精神的に来るものだとは思っていなかった。


楽しそうに笑う子どもたちの声がうざい。

うるさい、黙れ。俺は全然楽しくないんだ。うるさいうるさいうるさいッ。


ガン――ッ!!

怒りを拳に込めて壁を殴りつける。

痛い。当たり前のように痛かった。

強く殴ったたはいえ、所詮子どもの本気だ。少し手が赤くなる程度で、痛みは浜辺に打ち寄せられた波のようにすぐに引いていく。


「……まだ、やれる」


痛みのおかげで少しだけ冷静さを取り戻す事が出来た。

落ち着け。焦るな。逆に考えてみろ。まだ二時間程度しか経っていないんだ。

でもここらで一旦気持ちを切り替えておいた方がいいのかもしれない。

今の精神状態で続けたとしても、今後進展があるとは考えにくい。


「……」


屋上に戻る。

やはり誰もいない。

ならば叫ぶにはちょうどいいじゃないか。


「すぅー……」


大きく息を吸い込む。

冷凍庫から漏れ出したような冷たい空気が肺に溜まっていく。

限界まで溜め込んだところで一瞬息を止めた。

その瞬間、『これ』が始まってからの事が次々に頭に浮かんでくる。


『これ』をしようと、クリスマスパーティーの準備をほおり出して提案してきた優香のキメ顔。

れんも準備に退屈していたのか、そんな優香の提案にコンマ一秒掛からずにやると返答し、始めっから暇を持て余していた結菜も二つ返事で了解した。


今思えば、この時点でもう、誰かがこうなる事は決まっていたのだろう。


後悔しても過去が変わることは無い。

だから俺はこの現実を受け入れるしかない。


さぁ叫ぼう。

叫べ。この鬱憤を叫んで晴らすんだ。




「――なんでぇぇぇぇぇえええええ!!! 一人もぉぉぉぉぉおおおおお!!! 見つからないんだよぉぉぉぉぉおおおおお!!! おかしいだろぉぉぉぉぉおおおおお!!!」




絶賛かくれんぼ中なのだ。


この地獄のようなかくれんぼが始まって早二時間。施設内はもうくまなく探した。なのに一向に見つかる気配がない。

屋上に来たのだってぶっちゃけてしまうとこれで三回目だ。

一回目こそ寒いのを耐えて必死に探したわけだが、二回目からはパッと見ただけ、ついさっきはドアを開けただけだ。


考えられる範囲はすべて探し尽くした。

なのに誰一人見つからない。

一番緩そうなれんですら手がかり一つない。


「考えろ俺……。これはあくまでもただのかくれんぼのはずだ。見つからないなんて事はありえない」


叫んですっきりしたところで寒さが勝り、俺は屋上から出て、ひんやりとした階段に座る。


「とりあえず状況の整理をしよう。とりあえず施設内はくまなく探した。これは間違いない」


でもどの場所にはあの三人がいる事は無かった。だから考えられる可能性の一つとしては、中ではなく外にいるという事。

しかし外は俺が直に体験した通りかなり寒い。防寒着を持っていけば問題は無いのかもしれないが、生憎それはもう確認済みだった。部屋には三人分はおろか、全員分のコートが残っている。誰かのを使っているということもないのだ。


「はぁぁ……くそ。もう絶対にこのメンツでかくれんぼなんてするもんか……」


早いところ終わらせる為にも頭を回転させなければならない。

針の穴に糸を通すように思考を一点に定める。


集中しろ。

ここは現実。魔法使いのように姿を隠す事はできない。絶対に確かな形で存在しているはずなんだ。


思い出せ。

まだ見落としているところがあるんじゃないか? いないと決めつけているところがあるのではないか?


「……いないと、決めつけているところ……?」


……一箇所だけあるじゃないか。

ああ、なんで俺はあの場所をスルーしていたんだ。


立ち上がって駆け出す。

向かう場所はたった一つだ。

廊下を駆けていると徐々にクリスマスパーティーの準備をしている子ども達の声が大きくなってくる。


木の葉を隠すなら森の中。

なら人間を隠すなら何処に隠せばいい?


「――見つけた」


簡単だ。

人間を隠すなら人間の多く集まる場所に紛らせておけばいい。


「あらら……ついに見つかっちゃったか」


子どもたちの中心より少し離れた位置。

そこで切り絵を作っている優香の姿を見つけた。


「うーん。二時間かぁ。まあ隼人くん相手にしては持ったほうかな? 正直、もっと早くバレる気がしてたよ」


「俺はそこまで頭の良い人間じゃないぞ」


「結菜っちはこういう事得意そうだよねー。まだ見つかってないんでしょ?」


「見ての通りだよ。心が折れかけていたところでパッと閃いてお前を見つけたんだ」


「あはは、なるほどね。クリパまでに結菜っちとれんっち見つかるといいね。でも多分なんだけど、一人見つかれば要領は同じような気がする。きっとすぐ見つかるよ」


一人納得すると、優香は止めていた作業を再開する。

複雑な形に折られた折り紙には切り取る場所が鉛筆で薄く引かれていた。


「はぁ……お前みたいな思考の奴があと二人いるってだけで、折角繋ぎ止めた心がまた折れそうなんだが……」


「私も……今これを作るの失敗したらきっと心折れると思う。この二時間が無駄になる」


「それ、何作ってるんだ?」


「ペガサス。もちろん私オリジナルの」


「……は? 構図を考えて、紙を折って、切り取る場所を引くまでに二時間って……お前人間かよ。完成したら是非見せてくれ」


「もちろん」


些細な約束を取り付け、残りの二人を探そうと思った時、俺はふと、どうでもいいことに疑問を抱いた。


「あれ? そういえば優香。お前セーターどうしたんだ?」


チョキンと折り紙の一箇所切り取ったところで、優香は、ん? と、顔を上げる。


「ああ、うん。ほら、この部屋人多いし、暖房もついてるから暑くなってくるんだよね」


「ああ、そういう事か。変な事聞いて悪かったな。俺は結菜とれんを探しに行く」


「頑張ってねー。きっと隼人っちなら見つけられるよ」


ひらひらと手を振る優香に見送られ、俺は再び廊下に出た。

ドアを閉めると喧騒がほんの少しだけ小さくなる。


「さて……考えろ」


優香は言っていた。

一人見つかれば要領は同じような気がする――と。


「こちらの思考の反対側を見ているって事だよな……。優香はかくれんぼの定義を覆して、あえて隠れないっていう手段を使った」


一応、もう一度部屋の中を確認するが、子どもたちに混ざって結菜とれんがいるということは無かった。


「キッチンは颯恋がいるから無理だろうしな……。人が多いところに紛れてるって訳ではないのかもしれない?」


とりあえずこれで全ての部屋を確認し終えた。

だから部屋の何処かに隠れているという事は正直考えにくい。

見逃している可能性だって捨てきれないわけだが。


「……見逃している?」


……待てよ?

隠れてもいない。紛れてもいない……。

もしかしたら、もしかするのか……?


「……少しばかり歩くか。止まっていても見つからないし」


俺の予想が正しければこれではっきりするはずだ――。


角を曲がったところで息を潜めて待機すると、数十秒くらい経ったところで、控えめにこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。


そう。隠れても紛れてもいないなら、探して見つかるはずがない。


だって後ろについてきているのだから。


「――ほい、見つけた」


「……ほえ?」


角を曲がってきた結菜の手をパシッと掴む。

結菜は一瞬、何が起きたのか理解出来なかったのかきょとんとした顔でこちらを見上げた。


「……見つかった?」


「おう。見つけた」


きょとんとした表情に段々と感情が混じってくる。


「……や、やられました……。絶対に最後までバレない自信があったのに……」


「優香のおかげだな。あいつを見つけられなかったら多分、俺は未だに施設内を徘徊していたと思う」


「まぁ……僕も優香さんもかくれんぼの裏をかいていましたからね。一人見つかれば同じような事を考えてしまうわけだね。やられたよ」


「これであとはれんだけか……。あいつは……何処にいるのか何となく察してはいるが……めんどくさいな」


結菜の格好をチラリと見る。

やっぱりこいつも羽織っていたものが消えていた。

俺が見ていることに気づいた結菜はさりげなく視線を逸らした。


「それじゃあ隼人。なるべく早めにれんさんを見つけてあげてくださいね。空も……かなり暗くなってきてるみたいだからさ」


結菜は視線を逸らしたのではなく、窓の向こうの空を見ていたようだ。

屋上に出た時よりもずっと暗くなっている空。まだ真昼間だというのに、廊下は常闇のような薄暗さで覆われていた。


「……そうだな」


「では、僕は優香さんのところで待機してますね。また後で会お、隼人」


「おう。また後でな」


結菜と別れた俺は自室に向かった。

自分のコートを手に取って出口に向かう。

れんは外の何処かに隠れているのだろうから。


結菜も、優香も、着ていたものが一枚減っていた。コートを部屋から取ったら俺に勘づかれてしまうから二人に頼んで羽織るものを借りたのだろう。


「……たく、風邪ひいても知らないぞ……」


着込んでいるとはいえ、こんな寒空の下に二時間もいるのは自殺行為だ。

足早に外に出ると、予想通り肌を刺すような冷気が襲ってきた。


「風の来ない場所は……裏か」


早足で施設の裏に移動する。

草をかき分け、枯れた小枝をバキバキと踏みながら歩いてそこにたどり着いたところで、俺はその姿を見つけた。


「――残念。見つかってしまいましたか」


「見つけた。ほら、早く中に入るぞ。風邪ひく」


壁と木によって遮られた空間にれんはいた。

確かにこの場所なら風による被害は皆無かもしれないが、そもそもの気温が低いからそういう問題ではない。


半ば無理矢理立たせて、すっかり冷たくなってしまった手を引いて歩き出すと、れんは案外素直についてきた。


「寒いですね、隼人」


「そりゃ寒いさ。冬なんだからな」


「そういう意味では無いんですけどね」


「? じゃあどういう意味だよ?」


「あの場所に一人で隠れて、自分が一人になってような孤独感に襲われたんです」


思わず足を止めて振り返った。

れんは俺の事を見つめていたようで、視線が交錯する。


「隼人さん。わたしは隼人さんがわたしを見つけてくれた時、心の底から嬉しかったんです。こうして、手を繋いでくれたのが嬉しかった。わたしは……一人じゃなかった」


「れん……」


れんだって弱い。

俺たちと同じで弱いんだ。


「あ、隼人さん、空を見てください」


「えっ?」


言われるがままに空を見上げた。

鼻の頭に冷たい何かが触れる。


「雪だ……」


しんしんと、白い欠片が舞っていた。

肌に当たった雪は、一瞬の儚さを残して溶けてしまう。


「ホワイトクリスマス……ですね」


「だな。どうりで寒かったわけだ」


「隼人さん、一つ、お願い事をしてもいいですか?」


「内容によるな。俺にできないことは無理だし」


「簡単なことですよ。わたしと一緒にいて欲しいだけですから」


「今だってこうして一緒にいるじゃないか」


「これからもずっと。って意味ですよ。察してください」


少し怒ったような口調でれんはどついてくる。

横っ腹にめり込んだ肘が地味に痛い。


「一緒にいるくらい構わないさ。俺たちは友達なんだからな」


「……ありがとうございます。隼人さんは優しいですね」


「なんだよ、気持ち悪いな」


「女の子にそんなデリカシーの欠片の無いこと言わないでください。訴えますよ」


「こんな事で法廷沙汰にしないでくれ……。というか、いい加減中に入ろうぜ。寒くて凍えそうだ」


「ですね。戻りましょう」


こくんとれんは頷く。

繋いだままの手に、れんのあたたかさが伝わってくる。

俺の手のあたたかさで温まったというよりは、れん自身が熱くなったのだろう。


「照れてるのか?」


「……うるさいですね。黙っててください」


図星だったらしく、俺はそれ以上何か言うのはやめることにした。


ひらひらと舞う雪。

春に咲き誇る桜の花びらも、この雪のようひ舞うのだろうか。


俺はいつぞやにしたれんとの約束を思い出していた。




御桜丘に咲く桜をみんなで見に行こう――。




春はまだ先だ。

変わりゆく季節の中、俺たちの関係だけはどの季節になろうと変わることは無いのだろう。



to be continued

心音です。こんばんは。

過去編もそろそろ終盤となってきます。

この過去の先に何があるのか。それはきっとまだ分からないことでしょう。


それでは次のお話でお会いしましょう

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