第94話『奇妙な関係』
れんと優香の二人と仲良くなったのも、思えばこの頃だった。
結菜と本当の意味で打ち解けた俺は、一人で過ごす時間よりも結菜と二人で過ごす時間の方が増えていた。
颯恋は相変わらず忙しそうで、子どもたちの面倒を順々にこなしていた。それでも一日一回は絶対に俺たちのところに顔を見せてくれた。
颯恋は俺が結菜と打ち解けたこと。結菜が俺に心を開いたことを、まるで自分のことのように喜んでいた。
あの時の颯恋の笑顔ときたら、必死に泣くのを我慢しているのが見え見えで、俺と結菜は揃って笑い飛ばしたものだ。
けれど――嬉しかった。
純粋に嬉しかったんだ。
俺たちの成長を実の親のように喜んでくれる颯恋の笑顔が嬉しかった。
俺たちは他人の目から見ても明らかに明るくなったらしく、またちょくちょく声を掛けられるようになっていた。
前のように素っ気なく返したり、無視したりすることはしなかった。
れんと優香に声を掛けられたのもこの時からだ。
この二人は施設で結構有名な二人組で、当日他人に全く興味のなかった俺も何となしに名前は覚えていた。
疾風怒涛の優香、冷静沈着のれんと言えば、この施設で暮らしている者で知らないものはいない。
優香はとにかく元気いっぱいで、周りに笑顔を振りまいているような女の子だが、暴走気味になることが多く、れんは暴走状態になった優香が怪我をしないようにするストッパーのような役割を果たしていた。
れんと優香は二人で一つの存在。
太陽と月のようにどちらか片方しか空に浮かべないこともなく、水と油のようにお互いを弾き合うこともない。
二人が手を重ね合えばアイスクリームのような溶け合い、一つの形が作られる。
彼女たちの存在は、言ってしまえば俺たちとは正反対なものだったかもしれない。
でもそれが逆に互いを引き寄せる餌のような役割を果たしていたのだろう。
自分と違うものに人というのは惹かれてしまうものだから。
『――君たちが最近世界征服を企んでいるって噂の隼人っちと結菜っち、だよね?』
優香の俺たちに向けた第一声は、そんな根拠の無い噂話だった。
言ってる本人は堂々としているものだが、れんは明らかに戸惑っているようで、優香の後ろでわたしは関係ないよ?と、言うように首をぶんぶんと振っていた。
『えーっと、優香さんでしたっけ? そんな根も葉もない噂、誰が言ってたんですか……』
『颯恋ちゃん』
何の悪気もなく悪の根源を吐いてくれた。
優香は将来大物になれるような気がする。
『まぁ大方予想していた通りの解答でしたよ。隼人、後でちょっと颯恋さんには痛い目見てもらおうよ』
『そうだな。とりあえず颯恋の夕飯にタバスコを混入させるのは確定だ』
『ひいひい言わせてやるよ?』
『なんか卑猥に聞こえるんだが気のせいか? いや、気のせいだな。俺たちは子どもだからまだそんなことは分からない』
という設定にしておこう。
『ひいひい言わせてやるって、なんですか?』
れんが首を傾げる。
『気にしちゃダメ。れんっちはまだ子どもなんだから』
『優香さん、わたしと歳一つしか変わらないじゃないですか……』
『それはそれ。これはこれ。この世には知っていなければならない事と知らなくてもいい事の二つしかないんだから』
指を二つ立ててそれっぽい説明をする優香。
れんは一つ頷くと、諦めたと思いきや、正反対の行動に出た。
『つまり、わたしは知らなくてもいいと。ですが優香さん。子どもは興味を持ってしまったことには最後まで食らいつくものです。なのであとで颯恋さんに聞いてきます』
『待って。それはダメ。颯恋ちゃんは馬鹿だから絶対に教えちゃう』
れんの首根っこを掴んで颯恋のところへ行かせないようにする優香。
颯恋は恋愛に関する事なら喜んで何でも話してしまうに違いない。何でもかんでも知りたがる典型的な子どもである優香はともかく、れんのような女の子にはまだまだ早い話となるだろう。
『ねえ、隼人っち。今さ、私の方見てものすごく失礼な事考えていなかった?』
『気のせいだろ』
なんて鋭い勘してるんだ。
一瞬心を読まれたんじゃないかと思ってしまった。
『とりあえず、颯恋さんもそこは理解してくれるんじゃないですか……? 僕たちの年齢で知る必要もないし、颯恋さん自体がそういう話嫌いじゃん?』
『素敵な恋をしたいって言ってる割には恥ずかしがり屋さんだからな』
『颯恋ちゃんのそういう所私好きだなぁ。見ていて面白いし』
颯恋はからかうと反応がコロコロと変わって面白い。赤くなったり、青くなったり。緑色にもなれば光の三原色が作れるのだが流石にそれは人間やめてる。
『ところで、結局お二方は僕たちのところに来て何がしたかったんですか? こんなくだらない話をしに来たわけじゃないよね?』
『それがね、わりとくだらない事をしに来たんだよ』
『優香さんストレートすぎです。隼人さんと結菜さん、完全にもう興味無さげじゃないですか』
『ちょ!? 興味無くすのはやめて!! 話さないうちに興味無くされるのは悲しいよ!? 待って!! 行かないで!! 話を聞いて!!』
二人で颯爽とこの場から離脱しようとしたのだが、優香が必死に引き止めるから仕方なく俺たちは足を止めた。
『はぁ……。話だけは聞いてあげますよ。話だけならね』
『遊ぼう!』
『それだけですか? じゃあ僕たちはこれで失礼します。行こ、隼人』
『待って!? 本当に聞くだけにしないで!! 私たちは君たちと仲良くなりに来てあげたんだから!!』
『頼んでません。僕たちは別に二人で十分ですので』
結菜は最近になって一番素っ気ない返しをして俺の手を取った。
結菜の性格的に優香は苦手なタイプなのだろう。内側に入り込まれるのを結菜は嫌っているから。
『――結菜さん。ちょっと待ってください』
『……』
多分これが優香だったとしたら、結菜は足を止めることは無かったに違いない。
けれどやっぱり気を悪くしているのは確かなようで、れんに引き止められた結菜は少しだけ嫌そうな顔をしながら振り返った。
『あ、明らかに不機嫌そうな顔しないでくださいよ……。話しづらいじゃないですか』
『別に僕は不機嫌じゃありません。怒ってるだけだから』
『うちの優香さんがごめんなさい……』
『ちょっとれん。なんで私のせい――ごふっ』
反論しようとした優香の鳩尾にれんの肘鉄がめり込んだ。悲鳴すらあげる余裕すらなく床に崩れた優香はそのまま死体のように動かなくなってしまった。
れんの容赦ない一撃にさすがの結菜も拍子抜けしてしまったようで、固くしていた表情を初めて崩した。
『そこの死体とは違って、れんさんとは仲良くやれそうです。それで、どうして引き止めたの?』
『死体の説明があまりにも命令調だったので、それの訂正をしたいと思いまして』
『ふーん?』
結菜は興味を持ったのか、俺から手を離して胸のあたりで腕を組んだ。
結菜が話を聞く態勢を取ってくれたのが嬉しかったのか、れんは夜のように静かな笑みを浮かべると、ゆっくりと話を始めた。
『そこの死体は仲良くなりにきてあげた。と、かなり上から目線で発言していましたけど、実際は普通に友達になりたいだけなんです』
未だにピクリとも動かない優香を見下ろしてれんは微かに微笑む。
俺や結菜に見せた笑みとは違うあたたかさのようなものを感じることが出来た。
俺と結菜が互いのことを理解し合っているように、れんは優香のことを誰よりも理解している。
『優香は不器用なんです。何もかも。あまりにも不器用だから、さっきみたいに結菜さんを怒らせてしまう。本当にバカなんですよ』
『その不器用なところを支えているのがれんって事ですか。まるで影みたいだね』
『なるほど、影ですか。確かにそうかもしれませんね』
光があるところに影は生まれる。
れんという存在は、優香という光の元に落ちる影のようなもの。絶対に離れることのないものなのだ。
『優香さんは不器用だけどいい人ですよ。こうして迷惑かけるような事を棚に上げておけば、友達に一人くらいは欲しい存在です。二人はさすがにいりませんけど』
『こんなのが二人もいたら身が持たないですよ。一人いただけでもこんなにイライラしたんだから』
『まぁそれは優香さんに慣れていないからですよ。ここだけの話、わたしも初めは苦手でしたから』
優香が潰れているのをいい事に、れんは優香と出会った頃の話を始める。
『まず第一印象から最悪でしたよ。わたしはその日眠くてお昼寝をしていたんです。そしたらいきなりフライパンとお玉をガンガン鳴らしてわたしを起こしてきたんです』
『フライパンにお玉って颯恋かよ……』
『何でも真似したい年頃なんですよ。わたしが言うのもあれですけどね』
れんは苦笑する。
『今思えばあれが優香さんなりの友達になりたいアピールだったのかもしれませんね。当時のわたしはウザイとしか思っていませんでしたけど』
『僕にとっての優香さんの第一印象も最悪ですよ。これ以上にないくらいにね』
結菜は吐き捨てて優香を睨みつける。
相変わらず優香の様子に変化はなかった。
というより変化があまりにもなさすぎた。
『あのさ、優香生きてんのか? マジでさっきから動いてないぞ……?』
『大丈夫ですよ。加減はしていますから。本気でやるなら顔面に肘鉄ぶち込みますよ。それに威力的には初対面の時の方が遥かに上でした』
『気持ちよく寝てる時に起こされたらそりゃそうなるわな。まぁ俺は颯恋のせいで慣れたけど』
基本的に毎朝寝坊している俺は颯恋アラームに起こされている。
結菜もたまに寝坊しているから何度か食らったことがあり、大体その日の朝は機嫌が最底辺まで落ちている。
『話が脱線しましたね。とりあえず、わたしと優香さんが関わり始めたのはそこからでした。あの頃の優香さんの友達になりたいアピールは今みたいにストレートじゃなくて、もっと捻れに捻れた感じでしたから、だいぶましになったほうなんですよ』
『過去に会っていたら確実に口聞きませんでしたよ僕。もともと他の人と喋ることなんか無かったけどね』
『で、どうです? 優香さんプラスアルファでわたしと友達になってみませんか?』
『わー、無理やり話を繋げてきましたね。でも――そういうのは嫌いじゃないよ。隼人、いいよね?』
優香の生存確認をしていた俺に話を振ってくる結菜。
どうやら決定権は俺に託したらしい。
10秒ほどたっぷり考えた後、俺はパチンと指を鳴らした。
『俺は別に結菜がいればそれで良かったんだが、れん達がどうしてもって言うなら友達になってあげてもいい』
『むっ。さっきのお返しですか。お返しするならわたしじゃなくて優香さんにやってくださいよ』
少し頬を膨らませて抗議するれん。
あまり表情が顔に出ない女の子だと思っていたが、こういう愛らしい反応をできるようだった。
『優香に対するお返しは結菜があとできっちり殺るだろうから問題ない』
『今やるの漢字がおかしかったような気がしたんですけど気のせいですかね? もしそんなことするなら完全犯罪にしないと』
『あれ? そういう問題だったんですか。てっきり殺しちゃダメとかそう言うもんだと思っていたんだけど』
『そりゃまぁ、死んだら困りますけど、二人はそんな事しないって思っているのでちょっとした冗談ですよ』
そう言いながられんはこちらに近づいてくる。
俺と結菜の前に立つと、身長が低めのれんはこちらを見上げるように顔を上げ、優香に向けていたのと同じ笑みを浮かべた。
『友達になってみませんか?』
その笑顔は俺たちに心を開いているという意思の表れなのだろうか。
そう思っていると、れんはゆっくりと言葉を続ける。
『わたしは優香さんだけじゃなくて、二人とも仲良くなっていけると思っています。二人からは他の人とは違う何かを感じるんです』
『違う何かって?』
『違う何かは違う何かです。それが何なのかは分かりません。分からないから知ってみたいんです』
『それは僕たち以外の誰かじゃダメなの?』
『ダメ』
れんは即答し俺たち二人の手を取った。
小さいけれど、あたたかい手。
それはどこか、颯恋と似ているところがあった。
『……』
チラリと横目で結菜を見る。
結菜はれんの手を見つめたまま何か考えて込んでいるように見える。
『――友達になってみませんか?』
れんは表情を変えずにもう一度そう言った。
その意志は固いらしく、握った手はそう簡単に離してもらえそうになかった。
『じゃあまずはお試しってことでどうだ?』
『構いませんよ』
『僕もお試しってことなら賛成ですよ。今は今。後は後だからね』
こうして俺と結菜、そして、れんと優香という奇妙な関係が出来上がったのだった。
to be continued
心音です。こんばんは。
さて、過去編のキャラはすべて出揃いました。ここから話がどう展開していくのか。隼人と結菜の過去はどう繋がっていくのか
それでは次のお話でお会いしましょう




