第60話『ハジマリ』
そのメッセージが雪原から届いたのは夕飯を食べ終え、シャワーでも浴びて汗を流そうかなと考えていた時のことだった。
後で返事をしようかと思っていたのだが、通知が音が多く、浴びる前に内容を確認してみることにした。
「……グルメか」
グループメール。通称グルメ。
個人でやるメッセージとは違って、大勢でやるチャットのようなアプリがこのグルメだ。大多数の人に一括で何か伝えたいのなら個人でしか送れないメッセージよりもグルメを使ったほうが圧倒的に楽。
またくだらない話を始めたのかと思いながらグルメを開くと、ちょうど雪原が画像ファイルを添付してきたところだった。
恋『この画像なんですか? あまりいい感じがしないから開きたくないんですけど』
恋こと十堂は、コメント無しで貼られた画像ファイルに不信感を覚えているようだった。
普段なら何も気にせず開くのだが何故?
不思議に思った俺は画像ファイルは放置して先に過去ログを読んでみることにした。
「……」
過去ログと言っても話し始めて数分も経っていない。
すぐに話の出だし部分まで飛ぶことが出来た。
「……画像ファイル?」
雪原の貼った画像ファイル――ここからこのグルメは始まっているようだった。
少し躊躇いながら画像ファイルをタップするとすぐにダウンロードが始まり、二秒と経たないうちに画像が表示された。
「……どこだよここ」
表示された画像に写っていたのは一軒の家。
だが……ただの家ではない。
三階建てという普通の家より大きな外見。緑色に見える壁はよくよく見てみると、地面から伸びた緑色のツタに覆われているようだった。窓ガラスは全て割れていて窓枠すらもぐにゃりと歪んでいる。写真を撮ったのが昼ではなく夜のようで、辺りの暗さが作り上げる不気味さ加減に拍車がかかっていた。
人が住んでいるようには見えない。いわゆる廃墟と呼ばれている場所だろう。
画像――もとい廃墟写真を閉じて文章を目で追っていく。
「なるほどな……」
この廃墟に行こうという話のようだ。
確かにこの会話の流れで添付してきた画像ファイルを見るのは若干気が引ける。
最後まで読み終えたがまだ画像ファイルを開いた者がいないまま会話が続いていた。
ゆう『いやもう恐怖しかないんだが。これ開いた瞬間何か起こるような気がしてならない』
つも『いやいや無いから。とりあえず見なよ』
ハル『ハルカ絶対に見ないよ』
よるの『私も絶対に見ないからね!! 何がなんでも絶対に神に誓って見ないから!!』
つも『夜乃会長、見なくてもいいけど廃墟探索には来てもらいますから』
ゆう『鬼だな』
よるの『行かないって言ったら……どうなるのかな』
つも『残念ですけど夜乃会長とはここでお別れみたいですね』
よるの『行きます!! 行きますから見捨てないでお願いつもりちゃん!!』
ハル『夜乃先輩ちょろい。でもまぁ……ハルカも少し怖いかな』
みんなが色々話している中で十堂は傍観を決め込んでいるのか会話に参加してこない。
最もそれは俺にも同じことが言えるのだが。
「……」
とりあえず画像ファイルをどうするか悩む。
もしかすると十堂も俺と同じように悩んでいるのだろうか。
いや……十堂の場合はもう既に画像を見ていて、それに関して何かを調べている――ということが考えられる。
というか……そもそも最初の画像の廃墟は何処にあるんだ?
隼人『なぁ雪原。この廃墟ってどこにあるんだ? 行くのは構わないんだが場所が分からないことにはちゃんと返事ができないんだが』
場所によってはそれなりの準備というものが必要になる。
つも『櫻美崎にある』
恋『え?』
ゆう『は?』
隼人『はい?』
ハル『え?』
よるの『え』
だんまりを決めていた十堂も、嫌々と嫌がっていたその他諸々のメンツも、訊ねた張本人である俺も――反応は似たようなものだった。
櫻美崎といえば当たり前だが俺たちが今住んでいる街のことだ。まさか自分たちの街にこんな場所があるだなんて思いもしなかった。
しかし……櫻美崎は四方を山で囲まれている街だが都市開発は進んでいるほうだ。住宅街はもちろん、街の施設等もほとんど最新鋭を貫いている。
言っちゃ悪いが、こんなボロボロなところが櫻美崎にあるのならば、それはスーツ姿のサラリーマンが沢山いる中に一人和服を着て佇んでいる人並みには目立つと思う。
つも『言っておくけど本当の話だからね? この写真私が撮ってきたものだし』
恋『マジですか。まさか自分の住んでいる街にこんな悍ましいところがあるなんて知りたくなかったんですけど』
つも『知ってしまったらもう無関係ではいられない』
恋『なんでそうやって逃げられないように脱出経路にシャッター閉じていくんですか。やめてくださいよ。死の宣告みたいじゃないですか。わたしはまだ死にたくないんですよ』
よるの『わ、私用事思い出しちゃったからそろそろ寝ていいかな?』
つも『寝言は寝て言ってください。でも寝たらどうなるか分かっていますよね?』
ダメだもう逃げ道なんて無い。
このグルメの会話に参加してしまった時点でもう俺たちは雪原の策略に嵌ってしまっているのだ。会話を切って逃げることは可能かもしれない。けどそれをしたら後がどうなるか分かったもんじゃないから逃げることが出来ない。
言ってしまえば俺たちは虫かごに捕まった哀れなセミだ。
捕まってしまったセミはジジー、ジジーといくら鳴いても虫かごからは出してもらえない。自分を捕まえた本人が飽きたりしない限り逃げることは出来ないのだ。
つも『んで、みんなそろそろ二枚目の画像ファイルは見てくれた?』
ゆう『見なきゃダメなのか』
恋『優誠先輩。ここは男らしく一番乗りで開いちゃってくださいよ』
ということは十堂もまだ見てはいないのか。
俺と同じで様子見ってことだったわけだ。
ハル『反町くんお願い。ハルカたち女の子だから男の子が頑張ってくれないと辛いなぁ』
よるの『お願い優誠くん!! 私の為を思ってお願い!! 頑張って男の子!! ファイト!』
ゆう『お前らこんな時だけ俺を頼るんじゃねぇぇぇぇぇえええええ!!!』
「ぶはっ」
俺はさり気なく用意していた麦茶を吹き出した。
こんなの笑わないでいられるわけがないじゃないか。
つも『ほらほら言われてるよ反町。みんなの期待に応えないで何が男なの?』
ゆう『分かったよ見ればいいんだろ見れば!! ちょっと待ってろ!! 俺が男らしく一番乗りで見てやるよ!!』
恋『それでこそ男です。感想待ってますね』
ゆう『おう。待ってろ待ってろ』
そこで一旦会話が途切れる。
会話は更新されず、ただただ時間だけが流れる。
俺はシャワーを浴びることを完全に諦め、噴き出してしまった分の麦茶を注ぎ足して俺はソファーに寝転がった。
ゆう『なぁ、つもりちゃん』
ちょうどスマホを持ち直したところで反町が言葉を発した。
ゆう『これマジ?』
そんな反町の何の捻りもない本気な反応に俺はどうしようもない不安感に襲われた。
これで笑い飛ばしてくれたりしたら俺を含めた雪原以外のメンツはみんな安心できたに違いない。反町自身もきっとそうすることを大前提に先手を引き受けた筈なのにこれはもうどうしようもなかった。
つも『マジ』
再び静寂に満ちるグルメ。
このままお開きにしてもいいんじゃないかと思い始めてきたところで十堂が止まっていたトーク欄を動かした。
恋『つもり先輩。これ……マジなやつですか』
あー……これはマジなやつだ。
十堂までこの反応ってことはもう笑い飛ばすことは出来ない。
トーク欄は動いたけど俺たちの心は氷のように固まってしまった。
よるの『恋歌ちゃん……一体何の写真だったの』
恋『開けば分かります。というかもう皆さんも見ちゃってくださいよ』
ゆう『そうだそうだ。見れば分かるから早く見ろ。ただし保証はしない』
保証はしないって……ある意味これ誘導じゃねーか。人間が言われると弱い言葉で攻めて見てもいいかな?って気にさせる。
ならばもういっそのこと言葉に乗せられてしまおうじゃないか。
あの画像ファイルのところまで遡って俺はそのままの勢いで画像を開く。
「これは……」
写真の全体図はは一枚目のやつとそう大差はない。
唯一違うところを挙げるとすればそれは……割れた窓の奥から髪の長い女の人がこちらを睨みつけるように見ているということだった。
心霊写真――なんて恐ろしいものを撮ってきてしまったんだ雪原よ。
早くも見てしまったことを後悔してきたわけだがもう後戻りできない。俺の中には恐怖心の他にもう一つ、好奇心という感情が産まれつつあった。
ハル『見てきたよ。これ……危ないやつだよね』
隼人『俺も見てきた。これもお前が撮ってきた写真なんだろ?』
つも『もちろん。でもまぁあれよね。まさか本当に写るなんて思ってもみなかったから流石に動揺した』
ゆう『これマジな方でヤバイよな。お祓いとかしたほうがいいんじゃねーか?』
恋『わたしもそうしたほうがいいんじゃないかなって思いますよ』
つも『これスマホで撮ったんだけど……お祓いする場合ってスマホを祓うの? それともわざわざプリントアウトしないといけない感じ?』
隼人『スマホじゃね? というかさっきから榊先輩の反応が無なんだが』
ハル『絶望してるんじゃないかな? ハルカも見た瞬間絶望したもん』
あんな衝撃的な写真を見て冷静でいられるのは相当メンタル面が強い人か霊能力者くらいなものだろう。
幽霊とか全然平気だしーとか言ってる人もこれを見たらとりあえず絶句するに違いない。
恋『夜乃先輩ー。生きてますかー? 既読付いている時点で見てるのは分かってますから返事くださいー』
つも『テステス』
つも『ほんとだ。既読5になってる』
ゆう『見た瞬間のショックで気を失ってるんじゃないか?』
恋『なんかそれ想像できるんですけど』
隼人『俺も安易に想像出来た。スマホ片手にぶっ倒れてる榊先輩の姿が』
榊先輩のことだからわりとマジでぶっ倒れている可能性がある。
電話でもかけて安否を確認してみようか。
よるの『死にたい』
そんなことを考え始めたところでようやく榊先輩の反応があった。
ネガティブ発言からして画像ファイルを見たことは確定だった。
つも『あなたはまだ死ぬことを許されていない。何故ならばこれからもっと絶望を味わうはめになるのだから』
榊先輩の発言をさらっと躱し、更なる追い討ちをかける雪原。遠慮するということを彼女は知らないようだった。
いやそもそも最初っからこの廃墟に行こうという話だったから追い討ちも何もないのか。
恋『夜乃先輩ドンマイです。それでつもり先輩、その廃墟にはいつ行くんですか?』
つも『今』
たった一文字。
この一文字だけで今画面を見ている俺を含めた全員が固まった。
その証拠に誰一人言葉を返さない。
返さないというよりは返せないのだ。雪原の突拍子もない提案に誰もついていけていない。
この流れに乗れるのは荒れ狂う海でサーフィンをする並に難易度が高いものだった。
ゆう『なぁ、つもりちゃん。一つ聞いておきたいんだが……つもりちゃん今どこにいるんだ? まさかのまさかじゃ……ないよな?』
おそらく今、全員の思考がリンクしているのではないだろうか。
雪原の次の言葉が手に取るように分かる。
でも俺たちは期待せぬにはいられない。
つも『そのまさか。画像のところにいる』
そして俺たちの期待はあっさりと打ち砕かれてしまった。
つも『ほらほらみんな、現地集合は厳しいだろうから学校の前に今から30分後くらいに待ち合わせね。来なかったらどうなるかは分かっていると思うから頑張ってね』
何を……頑張らなければならないのか。
頑張りたくないのだが。めげたいのだが。出来ることなら今すぐにでもシャワーを浴びて眠りにつきたいのだが。
「……ふう」
ため息を吐きつつゆっくりと俺は立ち上がる。
時間が経ってぬるくなった麦茶を一気に飲み干し、空になったコップを放置して俺はスマホとサイフをトートバッグの中に投げ込んだ。
「さて……あと必要そうなものは……懐中電灯とかその辺か。電池入っていたっけな……」
棚の奥の方にしまっていた懐中電灯を取り出して付くかどうか確認をする。
「大丈夫そうだな」
しっかりと役割を果たしてくれることを確認し、念の為予備の電池を見つけたからそれも一緒にカバンの中に入れておいた。
他にも適当に前に学校で肝試しをした時に使ったお手製の癇癪玉、水のペットボトルを数本。スマホのモバイルバッテリー。
これだけ用意しておけばとりあえずはどうにかなるだろう。
「……行くか」
この時の俺はまだ想像もしていなかった。
これから起こる本当の恐怖の始まりを――俺はまだ知るよしもなかったんだ。
to be continued
心音です、こんばんは。
夏と言ったらこういうこともしないとつまらないですよね。
廃墟探索――ホラーですよ、ホラー。
次回から廃墟探索スタートです。
隼人たちの運命は如何に。
それでは次のお話でお会いしましょう。




