第59話『全てが終わったあとに』
「……」
俺のいる駅前は街頭やネオンが灯って街は夜の顔を覗かせていた。
青黒い夜の色が頭の上に広がっている。
月もなく、星一つ姿が見えない。
黒いインクをぶちまけたように真っ暗な夜空には心にぽっかりと空いた穴のように何も無かった。
人々の喧騒が耳に入ってはすぐに抜けていく。
他人の会話ほどどうでもいいものはない。
聞いたところで無駄。自分のためになることは何一つない。
くだらない通行人の話を聞いているくらいならニュースの一つでも見ておいた方が社会で生きていく上には何十倍も役に立つだろう。
「……ははっ」
なんてことを考えて自分でおかしくなって思わず笑ってしまう。
だって俺は馬鹿みたいな言い争いをする政治の連中や事件だか事故だかのニュースを見るよりは、くだらない人々の喧騒を聞いていた方がまだ楽しいと思う。
部活帰りの女子高生の顧問の先生がウザイだの、御桜ショッピングモールに向かう家族連れの明るくて楽しい会話を聞いていた方が全然楽しいじゃないか。
何が楽しくって大人共のくだらなくて、汚い世界の話を聞かなければならないんだ。
だから俺もあと数年もしたらそう言った世界に踏み込まなければならないと考えると鬱だ。
大人になるまでの残り数年間――。俺は子どものままで過ごしていたい。
くだらない社会のことなんて忘れて、あのいつものメンバーで楽しく笑って過ごしていたいものだ。
「――で、いつまでそこにいるつもりだ?」
もたれ掛かっている柱の後ろに向かって俺は声を掛けた。
すぐに柱の影に隠れていたもう一つの影がぬっと伸びた。
「――気づいていたんですか。感傷に浸っているみたいだったから声をかけづらかったんだよ」
彼女――結菜は俺の前に立つと、夜の黒にほんの少し染まった栗色の髪を人差し指でくるくると巻いた。
「別に感傷になんて浸ってない。俺がそんなキャラに見えるか?」
「いいえ全く見えません」
そう結菜はキッパリと言い切った。
少しはくらいは否定してくれたっていいと思うのだが――と、心の中で思いつつ俺はゆっくりと歩き出した。
行く宛があるわけではない。ただ、ブラブラと歩きたくなっただけだ。
「――隼人。ちゃんと、物語に終止符を打つことが出来たんですか?」
歩き出した俺の隣に並んだ結菜は答えを確信しているかのような口調でそう話を切り出した。
「分かりきっているのならわざわざ言わなくたっていいだろ」
「分かってませんね、隼人。僕は隼人の彼女なんだからちゃんと言葉にしてくれないと不安なんだよ? で、どうなのかな? ちゃんと解決してくれたのかな?」
「はぁ……。解決してなかったら俺は今この場にいない。だから安心しろ、結菜。朝のうちにしっかりと終止符を打っておいた。何もかも元通りだ。古宮の俺に対する気持ちの方も……きっと時間が解決してくれる」
「なら安心ですね。流石は僕の彼氏。で、遥香先輩は今どうしているの?」
「家に帰ったよ。騙しててごめんねって謝りながらな。最も、俺は結菜から話を聞いていたから笑い飛ばしてやった。そしたら古宮の奴目を見開いてあたふたしていた」
「なんですかそれ。僕も見てみたかったんだけど。写メは無いの? 動画でもいい」
「ねーよ。諦めろ」
ドッと笑いがこみ上げてくる。
それは結菜も同じだったようで、俺たちは耐えきれず声に出して笑ってしまう。
周りの通行人が怪訝そうな目で俺たちを見たが気にもとめなかった。
何日かぶりに心の底から笑えているような気がする。
やっぱり結菜といる時間は俺にとって特別な時間だった。
「そういえば隼人。ちゃんとお土産があるんだよ」
「お、マジか。何買ってきてくれたんだ? お菓子か? それとも無難にキーホルダーとか?」
「残念ながらどちらも不正解です。でもまぁ……本当はお揃いでキーホルダーにしようかなぁとか思ってたんだけど、いいデザインが無かったから違うのにしちゃったんだよね」
弾むような声色で結菜はずっと手に掛けていた袋の中から四角い白い箱を取り出して俺の手に乗せた。
箱の大きさはそれほど大きくはないのだが、こうして持ってみると意外にも重い。四方八方を見るも、箱全体が白いせいで中身を特定することは出来なかった。
「開けてみてくださいよ、隼人」
その声色からは興奮の色がひしひしと伝わってくる。
期待に胸をうずうずさせながら箱を開けていくと、丁寧に包装された茶色い何かが出てきた。
「……??」
プチプチに包まれた茶色い物体。
上から触ってみるとかなり硬い感触だった。
「ほらほら早く早く」
頭の上に疑問符を浮かべる俺と違って結菜はわくわくと胸を踊らせているようだった。
そんなにもこの茶色い物体は凄いものなのか……?
一度考えてしまうともう疑問の一人歩きは止まらない。中身が気になって気になって仕方ない。
プチプチを引き剥がして中身を剥き出すと、『そいつは』圧倒的な存在感でどこぞのRPGのラスボス如く俺の掌の上に降臨した。
ズシリと肌に伝わる堅木の冷たさ。光の灯っていない無機質な瞳。そして何よりも印象的なのはその姿形だった。
「……なんだこれは」
「木彫りの熊あるじゃないですか。熊がシャケ加えているあの有名な置物。あれの熊とシャケの立ち位置を逆にしたものだよ」
そう。原型は木彫りの熊の置物。
しかし実際は巨大なシャケが熊を丸かじりしているという非常にインパクトの強い作品だった。
「この置物は弱肉強食の世界の概念を根本からぶち壊す作品ですよね。強いモノが弱いモノの肉を食らう――。そんな大昔から定められていたルールは終わりを告げたということだね」
「……熊がシャケに食われる時代に俺たち人間は果たして生きていけるのか?」
「人間は多くの動物の恨みを買っていますからどうでしょう? もしかすると……かの有名な火星のGたちのように擬人化して襲ってくるかもしれないよ?」
「人類終了のお知らせじゃねーか」
あんな化物に情弱な人間が適うはずない。
一週間と掛からずにこの地球から人は消え去ってしまうだろう。
「ところで隼人。これからどうする予定なんですか?」
「んー、結菜疲れてるだろ? その辺で飯食って帰る気でいるんだが」
「そうですね。あまりお腹空いてないから軽く済ませられるところがいいかな」
となるとやはりいつもの喫茶店がベストだ。
あそこならサンドイッチなどの軽食の種類も豊富だし旅行帰りである結菜のお財布にも優しい。
「んじゃいつもの喫茶店行くか」
「自分のバイト先にご飯食べに行くってなかなか無いですよね」
「あー……そういえばお前ってあそこでバイトしているんだったな。すっかり忘れていた」
思い返してみればバイト着姿の結菜に会ったのは旅行のチケットを貰ったあの時だけだった。
あの時の結菜の姿は結構印象的で今でも鮮明に記憶に残っている。出来ることなら頭の中ではなく現実でまた見てみたいものだ。
「――隼人、考えがバレバレですよ。僕のバイト着姿見たいって考えているでしょ?」
ニヤニヤと笑いながら俺の横腹を結菜はつついてくる。
「そりゃ見たいに決まってる。あの時の結菜可愛かったからな」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。なら今度隼人の為に着てあげようか? バイト着は家にストックしているから隼人が望むなら僕はいつでもウェイトレスになれるよ」
「今度お願いしよう。とりあえず今は腹ごしらえだな」
話をしているうちに喫茶店に到着。
店の中に入ると礼儀正しいウェイトレスが出迎えてくれた。
ウェイトレスは俺の隣にいる結菜の姿を見ると少し驚いたように表情を変えたが、すぐに体裁を立て直しにっこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」
「あの席空いてますか?」
結菜が訊ねるとウェイトレスは笑顔のまま俺たちを席に案内してくれた。
「へぇ……なんかこの場所だけ他のところと違うんだな」
その場所は他のところと違って奥まったところにあり、周りに他の席が無いから個室のような感じの席だった。
「僕たちの間では脱借金席って呼ばれている特別な場所なんですよ」
「なんだその……闇金に捕まった哀れなサラリーマンが交渉の為に使いそうな席みたいじゃねーか。兄ちゃん、ここでは誰も助けてくれませんぜぇ。みたいな感じに煙草吸っている柄の悪い男共が座っている姿が安易に想像出来たぞ」
「残念ながら僕の店は全席禁煙になっているから煙草吸っているってことはないんですよね」
「おい待てつっこむところそこなのか? てか煙草以外のことなら実際に起こっているって遠まわしに言ってないか?」
結菜は俺の疑問に答える代わりに、俺の座っている席の後ろを指さした。
後ろに振り返って結菜が指先を追ってみると、そこには一円玉より少し小さい丸い穴が空いていた。
「……え″?」
たらり――と、冷や汗が背中を流れた。
心を掻きむしられ、胃が焼けるような焦燥感に襲われる。
おいおいおい。冗談だろ? アニメやゲームでも今どきこんな設定はB級だぞ……?
「――ところで隼人。傷一つ無い綺麗な障子って穴を空けたくなりませんか? 僕は昔それをやってよく怒られてたよ」
「……?」
まぁ確かに破ってみたくはなるが……今のこの話と何の関係があるんだ?
「あのですね、隼人。実はその穴は障子に穴を空けたくなるような好奇心に駆られた小学生くらいの男の子が指でブスっと空けちゃっただけなんだよ」
「……」
俺は完全に言葉を失っていた。
今の俺は餌を待つ魚のようにポカーンと口を開けているに違いない。
結菜はお腹を抱えて笑い始める。
「あはははっ! あー……面白すぎですよ隼人。どうせ弾痕だと思っていたんでしょ? アニメや漫画の見過ぎだよ。ここは日本で、この店も至って普通の喫茶店なんだからそんなドンパチが起きたらたまったもんじゃないって」
「……」
「あははっ、ははっ……あ、あれ? 隼人? 何で無言で僕を睨みつけているのかな? ちょっと目が怖いよ?」
「……」
これはあくまでも人によるのだが、キレた時にその場に怒りをぶちまけるよりも無言でいる時の方が怒りのゲージが高いという話がある。
そして無言いられると相手にとっても精神的ダメージが毒のように蓄積していき、ある一定の領域で枯れ木のように脆くなった心はいとも簡単に折れてしまう。
「――ご、ごめんなさい……。ちょっとからかいすぎた」
「分かればよろしい。一生この店に来れなくなるところだったわ」
「実際のところここはカップル席と呼ばれています。座ってみれば分かると思うけど、周りからは見えないし、節度あるイチャイチャくらいなら黙認されるよ。ただし真上には監視カメラ」
上を見上げるとドーム状の監視カメラがこちらをジッと見つめていた。
「監視カメラって端っことか目立たないところに設置するものじゃないのか」
「堂々とあったほうが威圧になるじゃないですか」
「なるほど」
話に区切りがついたところで俺はメニューを開いた。
この喫茶店はよく通っているからメニューのほとんど把握してしまっているが、こういうふうに眺めながら決めるのも悪くない。
結菜にも見えるようにメニューを開いているのだが、当の本人はメニューではなくスマホを眺めていた。
食べるものは決めているということだろう。のんびりと眺めていないで俺もさっさと決めてしまった方が良さそうだ。
「そういえば来週くらいに御桜丘で夏祭りやるらしいですよ」
「あー、そういえばもうそんな時期か」
適当にメニューを決めて呼びベルを鳴らす。
「去年は雪原たちと一緒に回ったな」
「そのメンツで行くとろくなことがない気がするんですけど」
「ぶっちゃけかなりヤバかった。けど楽しかった」
「今年は僕と行きませんか? 二日間ありますし、どっちか一日くらいはデートしたいな」
魅力的な結菜の提案に俺は頷く。
「俺も結菜と夏祭り行きたいと思っていたところだ。去年と同じなら多分雪原たちとは一日目に回ると思うから二日目一緒に行こう」
「やった!」
グッと小さくガッツポーズを作ったところで店員さんが席にやってきた。
「結衣さん楽しそうですね。今はデート中ですか?」
「そうですよー」
俺の方をチラリと見て店員さんは微笑む。
軽く会釈するとこれはこれはと会釈を返してくれた。
「いろいろ聞きたいことはありますけど仕事中ですのでまた今度。それではご注文をお伺い致します」
「じゃあシーフードグラタンお願いします」
「僕は小エビのサラダ。ドレッシングは多めがいいかな。あとドリンクバー二人分お願いします」
「かしこまりました。コップの方はドリンクバーの横にありますのでそちらをお使い下さい。それでは失礼します」
一礼して店員は去っていく。
去る時に結菜に向けてガッツポーズしていたのはスルーしておくことにしよう。
「隼人、飲み物は何飲みますか?」
「結菜と同じものでいい」
「コーラとメロンソーダのハーフ&ハーフですね分かりました」
「……コーラのみで頼む」
そうだった忘れてた。結菜はオリジナルドリンクを作るのが好きだったんだ。
少し残念そうな笑みを残して結菜はドリンクバーのほうへ歩いていった。
残された俺は誰に聞かせることもなく一人呟く。
「――夏祭り、か。今年はどうなることやら……」
去年のことを思い出してため息を吐かざるおえなかった。
to be continued
心音です、こんばんは。
遥香ルートも終わり、再びやってきました共通ルートです。
予定としては10〜15話分やる予定でいますが、あくまで予定ですのでどうなるのかは明らかではありません。
夏祭り編の後は一気に時間が飛んで二学期になります。
ちょうど秋の季節ですね。秋と言ったら体育祭に文化祭などの行事が浮かんできます。
とは言っても私の通っていた学校は春に体育祭だったので秋は文化祭のイメージのほうが強かったりします。
それでは次のお話でお会いしましょう。




