第57話『物語に終止符を』
「――おかえり、浅川くん」
家に戻るとエプロン姿の古宮が出迎えてくれた。
「……コーヒー、買いに行くだけにしては……結構、時間掛かったね」
「家出た時にちょうど十堂と遭遇したから話していただけだ。また今度みんなで遊ぼう的なこと言っていた」
「……おお。また、恋歌ちゃんの、お誘い。これは……絶対に、行きたいね」
「だな」
美味そうなカレーの香りが漂うリビング。
俺は朝と同じ位置に座り、早くカレー食いたいなぁと考えながら頬杖をついた。
「……メッセージか」
が、そのタイミングでソファーに置いていたスマホが通知音を鳴らした。
「……そういえば、浅川くんが、コーヒー買いに行ってる時も、一回だけ、通知来てたよ」
「ん、マジか? 一応確認しておくか」
スマホを取って画面をつける。
通知欄には結菜の名前と、グルメのほうで十堂の名前が表示されていた。
十堂のほうは先ほどの遊びのことを聞こうとしているに違いない。
俺は内容の想像があまりできない結菜のメッセージから開くことにした。
『今日の夜通話できますか?』
内容はそれだけだった。
結菜に限って何かあったとは思えないが、一応念の為にどうしたのかと聞いてみることにした。
『いえ、隼人が心配するようなことは何も無いですよ。単にちょっと報告があったから通話しようかなって』
『メッセージじゃダメな内容なのか?』
『全然メッセージで大丈夫ですよ。単に隼人の声が聞きたいだけだし』
嬉しいこと言ってくれるな、ほんと。
頬がにやけそうになるのを我慢しながら画面をスライドさせていく。
『分かった。何時頃通話するよ。基本的にいつでも大丈夫だと思われ』
カレーをぐつぐつと煮る音だけがリビングを奏でていた。
古宮もスマホをいじっているようでお互い会話はない。
どこかで聞いた話だが、今の時代口にしてする会話よりもスマホなどを利用したSNSなどでする会話のほうが量が多いらしい。文明機器の発展がこういう状況を生み出しているというのは悲しいことだ。
とは言ってもスマホが無いと生きていけないのが今の世の中。バイトの応募をするのも、就活の情報を手に入れるのもスマホが必要な時代。一昔前と何もかも大違いである。
良く言ってしまえば楽になったの一言に限るが、悪く言ってしまえば楽をしすぎてるとも捉えることができる。
『そうですね……。なら遥香先輩がお風呂に入るタイミングとかでいいかな。そのほうがゆっくり話せるよね?』
『俺はそれで構わないが……結菜はいつでも通話できるのか?』
『できますよ。僕はいつでも暇だからね。シャワーは早いうちに浴びておきますから出来るタイミングでメッセージ飛ばしてね』
『分かった。だいたい22時くらいになると思う。あと俺はもうすぐ夜ご飯だから多分返事出来なくなる』
『了解です。ちなみに今日の夕飯はなに食べるの?』
『古宮特製カレー。俺はマジでノータッチ』
『へぇ、隼人がノータッチなんて珍しいですね。絶対に手伝うタイプじゃん。どういう風の吹き回し?』
『居候だからって理由で押し切られた。宿主は黙って居候に従ってろコラと。だからさっきまでソファーに寝転がってゲームしてた』
『だらけてますねぇ』
お互いメッセージを打つスピードが早いということもあって会話がスラスラと進む。
しばらくの間結菜とのメッセージを楽しんでいると、ご飯の支度をしていた古宮が俺を呼ぶ。
「……楽しんでるところ、悪いけど……ご飯、できたよ。こっち、きて」
「おっけ。ちょっと待ってな」
テーブルのほうを見るといつの間にかご飯が並べられていた。
結菜とのメッセージに夢中でテーブルに並べていることにすら気づかなかった。
『悪い。ご飯が出来たみたいだからそろそろ行ってくるわ』
『了解です。それでは通話する時にメッセージお願いしますねー』
返事を見てから俺はスマホを充電器に差し込んでテーブルに向かった。
「おお。なかなかだな」
メインはカレー。ジャガイモや肉は当たり前。あとは何気なく買ったナスをふんだんに使った夏野菜カレー。ご飯の方はターメリックライスになっていて本格的なものになっている。
キャベツ、黄パプリカ、トマト――色とりどりの野菜たちのサラダには醤油をベースにしたようなドレッシングがかけられていた。
汁物な玉子スープ。ふわふわの玉子にワカメが入ったシンプルなものになっていた。
「……頑張って、作ったよ。さ、食べよ、浅川くん」
「だな。冷めちまったらせっかくの美味しそうなご飯が台無しになっちまう」
早々に席について俺と古宮はいただきます――と、手を合わせ銀のスプーンを手に取る。
湯気の立つルーとご飯を絡めて口に入れると、程よい辛さと野菜の旨みが口いっぱいに広がった。
「これは美味いな……。野菜の味がちゃんと引き出されているし、ルーもまろやかで食べやすい」
「……ハルカは、野菜カレーが、得意なんだ。カレーの中では、ね? 素材の味を、そのまま、楽しむの」
「今度作り方教えてくれよ」
「……いいよ。機会が、あったらね」
古宮の作ったカレーは本当に美味しかった。
会話も弾んでいる。
けど――何故だろうか。
見えない透明の壁が俺と古宮の間にそびえ立っているような気がしてならないのは。
『……ハルカは、浅川くんのことが……好き』
古宮からの告白。
これが壁を作っている原因なのだろう。
返事はいらない。そう古宮は言った。
俺が結菜と付き合っているのを知っているから伝えることができたから満足ということなのか、はたまた別の理由があるのか。
俺は古宮じゃないから古宮の気持ちをすべて理解することはできない。だからその言葉の本当の意味を理解することは俺にはできないことなのだ。
だからこそ――答えを出さなければならない。
古宮の気持ちに対する答えを。
そうしなければ俺と古宮の間にある透明の壁は消し去ることはできないし、古宮の心の時間が止まったままになる。
返事はいらない。これはある意味――逃げなのかもしれない。
俺が答えを出さなければ古宮はずっと今の気持ちのままいることができるからだ。
傷つくこともなく、離れることもない。ずっと俺のことを想い続けることができる。
古宮にとってそれが理想なのだ。
けど――そんなのはダメだ。古宮がそれを望むのだとしても、俺はそれを叶えることはできない。
俺は前と同じ関係でいたい。これは俺のわがままだと思う。自己中心的な考え。それでも俺は壁があるのは嫌だ。
だから決めた。
古宮の気持ちに対する答えを伝えると――。
......................................................
「……ねぇ、浅川くん。明日って、暇かな?」
夕飯を食べ終え、食後のお茶を飲みながらまったりしていたところで古宮がそう話を切り出してきた。
「暇。強いて言うなら宿題ちょっとやっとくかーくらいだな」
「……なら、ちょっと、付き合って欲しい」
「買い物とかか?」
古宮は首を振る。
「……朝霞くんの、家の近くに……高台、あるでしょ? 前に、みんなで……お花見、したところ」
「ああ、御桜丘のことか。付き合うのは構わないが……何をしに行くんだ?」
「……小説を、書くの。今度……応募しようと思ってる、恋愛小説。クライマックスを、書きたいんだ」
「へぇ。どんなシーンなんだ?」
御桜丘と言えば真っ先に浮かんでくるものは満開の桜だ。
初恋――桜の下で告白し、結ばれる。
風に乗った無数の桜の花びら達が結ばれた二人を祝福するかのように空に舞い上がり、あたたかな光と共に舞い降りる。
そんな光景が俺の頭には浮かんでいた。
「……別れ」
しかし、古宮の口から出たのは初恋とは正反対の悲しいもので、俺が返しに悩んでいると古宮は言葉を続けた。
「……春に、咲いた恋は……桜が、散ると同時に、その想いも……散ってしまう。そんな、内容。二人は、友達のまま、変わらない」
「……」
どこか見覚えのあるような、そして聞いたことのあるようなシナリオ。
だからそれが俺と古宮の物語だということに気づくのは早かった。
「……気づいたんだね。流石は、浅川くん」
俺を見て古宮は微笑んだ。
「そりゃ気づくさ。気づかないはずがない。何でこんな物語にしたんだ」
「……小説の、テーマが……初恋、だったんだよ。そして……ハルカの、初恋は……浅川くん、だから」
変わらず古宮は微笑んでいる。
けど今ならはっきりと分かる。
笑顔の中で古宮は泣いていた。
「……変、だよね」
「……」
変だなんて思ってはいない。小説にはそういった書き方だって存在する。だから古宮は変じゃない。
そう伝えるだけでいい筈なのに言葉が出てこない。
初恋は叶わず、二人は永遠に友達のまま変わることはない。
ここで俺が変に口を出してしまったらそれを否定してしまうのと同じ。
だから何も言うことができない。
「……叶った恋を、小説にするなら……いいかもしれない。テーマ的には、間違ってない。でも……ハルカが、してることは逆。初恋は、初恋でも……叶わない恋」
返事はいらない――。
それは答えが分かりきっているから。
古宮の書く小説は初恋からの別れ。
この物語を完結する為には俺が古宮のことをはっきりと振らなければならない。
「……」
ああそうか古宮。
お前も覚悟を決めたのか。
前に進むと決めたのか。
ならばはっきりと俺に伝えてくれ。お前は自分の物語をどう終わらせたいのかを俺に教えてくれ。
「……返事を、いらないって、言ったのは……ハルカ、だけど……。この物語を、完結させる為には、浅川くんが、必要なの。あなたがいて、あなたの言葉で、この物語は……終わりを迎えることが、できる」
「……だから、お願い……浅川くん。ハルカの物語に……終止符を、打って欲しい」
古宮は身体をくの字に折って頭を下げる。
「……自分勝手、なのは……分かってる。けど、それでも……この小説を、書き上げるためにも、ハルカが、前に進むためにも……浅川くんと、ハルカの、この物語を……終わらせてください」
「古宮……頭を上げてくれ。お前が頭を下げる必要なんてないんだから」
俺は子どもをあやすかのように古宮と目線の高さを合わせる。
「終わらせよう、この物語を。それが古宮の願いならば、俺は友達としてそれを叶える」
我ながら残酷なことを言っていると思った。
でもこれでいい。これでいいんだ。
俺は友達として古宮のことを応援すると決めたのだから。
だから後悔などすることなんてない。
「……浅川くんは、優しすぎるよ」
目尻に溜まった涙を拭い去り、そう言い残して古宮は俺の視線から外れた。
「……お風呂、借りるね。いろいろ、整理したいから」
「分かった。ゆっくりしてこい」
「……うん。あと、これ……少しでもいいから、見ておいて」
そう言って古宮は下投げで何かを俺に投げ渡してきた。
受け取って手のひらを開くと、そこにあったのはUSBだった。
「……小説の、データが……入ってる」
「未完成のモノを見てもいいのか?」
「……じゃなきゃ、渡さないよ」
パタンとリビングのドアが閉まる。
一人残された俺は古宮が出ていった木製のドアをただ見つめていた。
古宮の想いが込められた右手を強く握りしめた。
「……よし」
パソコンを起動させ、手早く結菜にメッセージを送る。
返事の代わりにすぐに電話がかかってくる。
「よ、結菜」
『こんばんはです、隼人。意外と早かったね』
「早いほうがお前も嬉しいだろ?」
『そうですね。隼人の声聞けて満足だよ』
「それは良かった。んで、電話をしようって言ってきたのは声聞きたい以外に何の理由があったんだ?」
『他にも理由があるのはバレてましたか。いやまぁ、単純に報告だよ』
「報告?」
『明日の夜くらいには櫻美崎に帰れます。って報告だよ』
「マジか。まあ俺もそれまでにはやるべき事終わらせる予定だから平気だな。一番に出迎えてやるよ」
『それは嬉しいですね。というかやるべき事って何? さっきからパソコン弄ってるのと何か関係あるの?』
パソコンから放たれる独特な機械音。
何かやっていることがバレるのは当たり前のことか。
「――実は昨日、古宮に告白された」
一瞬の間が空いた。
『……遥香先輩が隼人にそういう気持ちを持っているということは分かっていました』
「分かっているのに泊まること許可したのか」
『はい。だって隼人の気持ちが僕が逸れるなんてことはありえないし、隼人の全てを受け入れることができるのは僕だけだから』
「正論だ」
俺は笑う。
『んで、それとパソコンを弄っているのには何の関連性があるんですか?』
「ちょっとややこしいんだが……まあ聞いてくれ」
俺は手短に今の状況を結菜に伝える。
話し終える頃には結菜は考え込んでいるのか一言も喋らないでいた。
『――なるほど。理解しました』
結菜が口を開いたのは俺が小説の大半を読み終えたところだった。
『ならば隼人はちゃんと終止符を打たないといけませんね。けど、そんなに難しく考えることでもない』
「大丈夫だ、ちゃんと分かってる」
『けれども隼人は優しい。僕が言いたいこと――分かるよね?』
電話越しに俺は頷く。
そんなことは分かりきっている。
『隼人の優しさは……時に残酷です。その優しさで入り組んだ迷路にもゴールへと導く光が現れる。あとはその光に沿って進んでもらうだけ。何もかも全て隼人の計算のうち。相手は掌で踊らされていることに気づく事は無い。そうして何事もなくゴールへと辿りついてしまう』
「それが俺のやり方だからな。これからも変えるつもりはない」
『それでいいと思いますよ。だって変える必要なんてないじゃん。僕は隼人のやり方好きだしね。自分で言っている通り変わらないでいてよ』
「ああ」
『それと話は変わりますけど、隼人は気づいていましたか? 遥香先輩って実はいつでも家に帰れるんだよ』
「……どういうことだ?」
訊ね返すと結菜は「やっぱりですか」と言って笑った。
『遥香先輩が熱中症で倒れた時のこと覚えていますか?』
「もちろん覚えてる」
あんな印象的なことそうそう忘れられるようなことではない。
『あの時僕、遥香先輩の持ち物漁っているんですよ』
「さらっとお前は何を暴露しているんだ」
『まぁスルーしてくださいよ。話し進まないから。んで、その時に僕は絶対的なものを見つけてしまっているんだよ』
「……家の鍵か」
『はい。なので家に帰れないは嘘ですよ。きっと隼人と一緒にいたかっただけ』
「おま……なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ。教えてくれたのならもう少し違った対応ができたのに」
『何回も言ってますけど、隼人のことは信用してるから。それに……こうした方が早く解決するんじゃないかなって思ったからね』
「……そういえば結菜は古宮の気持ちに気づいているんだったもんな」
『そういうことです』
と、そこで廊下のほうから音が聞こえた。
古宮が風呂から出てきたのだろう。
「悪い。古宮出たみたいだからそろそろ切るわ」
『分かりました。頑張ってね隼人』
「おう」
プツンと、電話が切れる。
同時にパジャマ姿の古宮がリビングに顔を出す。
「……お風呂、ありがと。浅川くんも、入ってくる?」
「そうさせてもらう」
パソコンをシャットダウンさせてから俺は立ち上がり、古宮にUSBを投げ返す。
「感想を言うのはこの物語が完結した時だ」
「……うん。分かった」
俺は古宮の横を抜けてリビングを出た。
すれ違う時に見えた古宮の横顔は何故だか嬉しそうだった。
to be continued
心音です、こんばんは。
遥香ルートはエピローグを含めあと2話で完結予定です。あくまで予定ですので1話分増える可能性も無きにしもあらずですね。
それではクライマックスをお楽しみください。




